我、プロとして

Vol.4 天野安喜子さん【後編】
宗家花火鍵屋15代目当主(1993年文理学部体育学科卒)

卒業生
2020年12月21日

天に願いを込めて。打ち上げる様々想い

2020年8月某日。無告知、無観客で江戸川上空に打ち上げられた花火。
「火」には悪疫退散、そして慰霊の意味合いがあり、打ち上げられ天に昇る火は、コロナ終息の願いだけではなく、医療従事者への感謝など様々な想いを、天に届ける意味が込められた。
花火師・天野さんは「シンと静かな空間でゆっくりゆっくり打ちあがっていくと『一人ひとりの心に寄り添った花火』になり、人の心に響く」と見守った。
本学大学院で打ち上げ花火の「印象」を研究した天野さん。研究、そして仕事の中で見えた花火の魅力に迫る。

花火の特質は「色、形、光、音」

柔道の国際審判員として年の半分近くを海外で過ごしながら、当主として暖簾を守る天野さん

柔道の国際審判員として年の半分近くを海外で過ごしながら、当主として暖簾を守る

「花火は工学的な視点で研究されていますが、芸術作品だと謳われていても、芸術学としてはまだ開けていない部門でした。であれば日本大学、そして芸術学部という魅力のある学校で学び研究したい。ほかの学校という選択肢は不思議となかったですね(笑)」

本学文理学部体育学科を卒業後、花火師として家業を継いだ天野さん。花火を追求するために選んだのは本学大学院芸術学研究科芸術専攻。30歳を過ぎてからの進学だった。

「花火の特質は『色、形、光、音』です。視覚的要素と聴覚的要素を分けて、音が無い花火だったらどう人が印象を持つか、美的感覚や力強さはどうか。映像が無く音だけだった場合、観客はどういう印象を持つかを研究しました。また最近は、音楽を流しながら花火を打ち上げている大会も増えています。従って、花火に音楽を足すと、花火の魅力である力強さの印象は、どのように変化をするかなど」

作業着ではなくスーツの日も

「昔は花火を製造して打ち上げる、のが仕事でしたが、今は花火大会全体の企画をして花火を打ち上げています」花火師・天野さんの仕事は、時代のニーズに合わせ変わっていく。

「昔は一発の花火に拘っていましたが、今は環境の変化に伴い、花火玉の組合せによる演出重視の時代になりました」

時には作業着だけではなく、スーツを着て会議に出ることもある。花火大会で用いられる音楽の選曲、スピーカーの配置・方向、花火のアナウンスまで手掛けるのが天野さんの仕事だ。

「『雪の中の富士』というテーマを掲げたときに、雪に覆われた富士山を見たことがある人とない人では、花火で描かれたデザインの印象が違って見えてしまいます。寂しく見えたり華やかに見えたり、思い出と絡めてご覧になるので、事前に流すアナウンスのコメントで観客の感覚に方向性をつけることも仕事の一つです」

今年、日本各地で花火大会は中止。打ち上げ花火を見ていない、という人も多いのではないだろうか。そのような状況下で、無告知、無観客で打ち上げられた花火はこれまでの印象と違うものだったという。

「本来、人混みの中にいると呼吸のリズムが早くなります。打ち上げ花火は観客の興奮に負けないよう、エキサイティングにそして打上リズムに拘らなければ感動はえられません。しかし、人のいない静寂の中で、ゆっくりと打ち上あがった花火は、花火の音そのものの響きが体に伝わり、花火に包まれている感覚がありました」

普段に比べれば打ち上げる数も少なく、観客もまばらな中での花火に「涙が出てきました」と言葉をいただいたと言う。

「この状況下だからこそ、心に寄り添うことがとても大切で、人としての心の有り様が問われる機会の多い年でした。花火も一人ひとりの思いに向き合うような打ち上げ方だったと思います」

心の「火」は消えない

火薬を取り扱う花火。「火薬類取扱保安責任者」「火薬類製造保安責任者」の国家資格を取得し、安全への追及を欠かさない。

火薬を扱うため「危ないから離れて、というものが、花火だけは人を寄せるのです」

安全第一、万が一ということをいつも考えながら仕事をしている天野さん。

「今は『ついに、この時代が来たか』と現実を受け止めています。360年続く鍵屋の歴史では、今と同様なときを乗り越えています。花火大会が中止になっても次につなげる、という使命も15代目当主の役目。覚悟ができているので今を受け止められる。鍵屋15代目として今何ができるか考えています」

花火大会でよく耳にする「たまや~」の玉屋は、もともと鍵屋の暖簾分けで誕生したが、一代で廃業になった。

鍵屋の屋号が今でも続いているのは有難いことで、代を受け継ぎ、後世に繋げていくものとして双肩にのしかかったプレッシャーはありますが、それが暖簾の重みだと思います」

2020年は、日本各地で消えてしまった花火大会の「火」。
しかし、江戸時代からの伝統を守り受け継ぐ鍵屋は、コロナ禍にあっても人々の心の火を灯し続けている。
来年以降、再び夏の風物詩を楽しむ日常が戻り、夏の夜空に昇る打ち上げ花火を見上げたら「かぎや~」と感謝を込めて叫びたい。

<プロフィール>
天野安喜子(あまの・あきこ)

1970年10月31日生まれ。1993年文理学部体育学科卒。東京都江戸川区出身。
鍵屋の次女として誕生。小学1年生の時に父・修さんが「富道館柔道天野道場」を開いたのをきっかけに柔道を始める。共立女子高へ進学。86年の福岡国際女子体重別柔道選手権大会では日本代表選手として銅メダル獲得。
2008年に北京五輪柔道競技の審判員に日本人女性で初めて選ばれるなど、柔道界での活躍も続いている。
2009年、本学大学芸術学研究科芸術専攻博士後期課程修了、博士号(芸術学)取得。