【教育の現場から】
グローバルな視点をもち「地球規模の危機管理」を考える人材を育成する

危機管理学部「グローバルセキュリティ領域」
安藤 貴世 教授

学び・教育
2019年10月29日

3年前に開設された危機管理学部は、4つの研究領域を柱とし、オールハザード・アプローチの視点から危機管理を学ぶことのできるカリキュラムを取り入れている。4つの領域の1つである「グローバルセキュリティ領域」では、どのような授業が行われているのだろうか。安藤貴世教授にお話を伺った。

新設の危機管理学部 3つの特徴とは

3年前、スポーツ科学部と共に三軒茶屋キャンパスに開設された危機管理学部。真新しい施設は豊かな緑に囲まれており、渋谷の近くという便利な立地にありながら、のびのびとしたキャンパスライフを送ることができそうだ。

学祖・山田顕義は、明治維新後の日本が近代化の過程で直面した、安全保障や危機管理の在り方を、法学的な観点から模索し、国際社会で通用する国家建設に尽力した。危機管理学部は最も新しい学部である一方で、建学の精神を色濃く受け継いだ重要な研究分野を司っているともいえる。

学部名だけでは、なかなかその授業内容を具体的に想像することはできないが、学生たちはどのような学びを享受しているのだろうか。カリキュラムには、主に3つの特徴がある。

危機感理学部の学生たち

ひとつ目のキーワードとなるのは、「オールハザード・アプローチ」。社会を脅かすあらゆる危機を研究対象とする、という意味だ。さらに、4つの研究領域が危機管理学の柱を構成している。まずは、地震や津波などの自然災害や、原発事故といった大規模事故を考える「災害マネジメント領域」、殺人、誘拐、詐欺といった犯罪やテロ対策などを考える「パブリックセキュリティ領域」、戦争や安全保障、国際テロ、難民、地球環境問題といった国際的な危機を考える「グローバルセキュリティ領域」、そしてサイバー攻撃や情報流出、インターネットや情報機器の管理について考える「情報セキュリティ領域」。どの領域でも共通しているのが、危機に対する事前の「リスクマネジメント」と、危機が起きた際の対処である「クライシスマネジメント」の両側面を考えること。法的な思考である「リーガルマインド」と、危機管理能力である「リスクリテラシー」を融合させて、世界平和の実現に向けて問題解決を実践できる人材育成を目指す。

学生たちは、オールハザード・アプローチを前提に、主に1年次に基本の法学系の科目と総合科目を履修し、2年次より、4つの研究領域から1つを選択する。ただし、選んだ領域はあくまでも学修のうえでの軸足。4つのうちどの領域を選んでも、ほかの領域の授業もとれるようになっており、より多角的な学びを提供することが狙いだ。

2つ目の特徴は、研究者教員と実務家教員による、理論と実践のバランスの取れた教育。法学や危機管理学を専門に研究してきた研究者教員に加え、法務省、国土交通省、警察庁といった、日本の危機管理の最前線である官公庁などで活躍してきた実務家教員とが、連携して危機管理学のカリキュラムを展開しているのだ。もちろん、2つの経験を併せ持つ教員も在籍しており、学問としてだけでなく、生きた現場の話をも知識として取り入れることができるシステムとなっている。

3つ目の特徴は、全学年に少人数制の演習形式の必修授業を配置していること。「ゼミナール」(研究者教員が担当)または「危機管理特殊研究」(実務家教員が担当)は3、4年生次の2年間であるが、1、2年生に対しても、演習形式の必修科目を設けている。少人数のクラスを実施することで、学生と教員が密に関わることができ、将来的な危機管理現場での交渉能力や調整能力を養うことを目的としている。

こうした独自のカリキュラムを敷くことで、新しい危機管理学を体系化した同学部。さらに、2年次より、公務員を目指す「行政キャリア」と、民間企業への就職を目指す「企業キャリア」の2つのキャリアコースが用意されており、官公庁や自治体のみならず、一般企業や組織においても、高いリスクリテラシーをもって危機管理をリードする人材育成を目指している。

グローバルセキュリティ領域の多角的な学び

安藤 貴世(あんどう・たかよ) 危機管理学部教授。専門分野は国際法。 国際関係学部准教授を経て現職。法務省難民審査参与員も務める

4つの研究領域のひとつである「グローバルセキュリティ領域」では、具体的にどのようなことを学ぶのだろうか。キーワードは、「地球規模の危機管理」だ。科目の一例として、国際法、安全保障論、防衛法制、国際テロリズム論、国際協力論などがある。これらの科目をとおし、先述のように、戦争や安全保障、国際テロ、難民、地球環境問題といった、国際的で大きな危機を考える。国際法を専門とする安藤貴世教授は、次のように話す。

「我々の領域で扱っている問題は、一見身近ではない話のように思われがちですが、実はそうではありません。世界中のすべての国が解決のために動かなくてはならないものであるという意識を、まずはもっていただきたいと思います。比較的安全で平和な日本にいると、なかなか自分事にならないのですが、私たちが平和に暮らしていられるのも、国家間関係を規律している国際法の存在によるところが大きいのです。それを認識してもらえるような授業を心がけています」

あらゆる国際的な問題が起こる原因や背景、加えてどのように規制・解決されているのかを学んでいく。原因や背景を考えるにあたっては、グローバルセキュリティ領域の科目の1つである「比較宗教・文化論」といった、必ずしも法とは直接結びつかない分野を網羅することも重要になる。日々変動する国際情勢に関心を持ち、あらゆる分野から多角的に捉える必要があるのだ。グローバルセキュリティ領域は、空間的にも事象的にも幅広い分野であるといえるだろう。

安藤教授は、国際テロに対する国際法上の規制について研究している。担当する「国際法」の授業では、国際テロや安全保障、難民問題などを、国際法の構造や適用事例を通して学んでいく。多くの学生が関心を寄せる事例のひとつは、海賊の話。

現代社会にも海賊は存在しており、一時はソマリア沖で激増し、日本の船が襲われたこともあるという。当時は、国際法である国連海洋法条約をもとに、日本の国内法である海賊対処法が適用され、日本でソマリア海賊を裁く裁判員裁判が行われた。このような具体例を織り交ぜ、実際どのように国際法が活用されているかを、授業では多く紹介している。

同じく、多くの学生が興味を示すテロに関しては、9・11米国同時多発テロ後に国際テロ資金を取り締まる条約に加盟する国の数が増え、条約の発効に至った。状況に応じて新しい条約やルールを作ることに加え、国際社会に連動してそのニーズが変わることも、授業では伝えているそうだ。

安藤教授は、学部全体の2つ目の特徴でいうと「研究者教員」であるが、大学院博士課程在籍時に外務省任期付き職員として勤務した経験があるため、実務家教員としての側面も併せ持つ。そこでは、日本の国益を考えつつ、相手国との良好な関係を保ちながら交渉を進める力をつけた。華やかなイメージのある外務省ではあるが、ある意味地道な仕事も多くあったため、現場でのそうしたリアルな経験についても学生に伝えている。

また現在は、法務省難民審査参与員を務め、難民申請において不認定となった申請者の不服申し立てに対する審理に当たっている。「急増する日本への難民認定申請について、手続きの流れだけでなく、現状も含め話しています。外務省で働くことや、難民問題に関心を抱く学生もいるので、私の実務経験も役に立てればと感じています」(安藤教授)

安藤ゼミならではの幅広い学びのテーマ

安藤ゼミの授業

安藤ゼミの授業風景

設立から丸三年が経った同学部。新4年生はゼミの1期生であり、今春からゼミは2期生を迎える。「国際法」をテーマとしている安藤ゼミでは、どのような特徴があるのだろうか。

「私のゼミでは、国際法と国際問題にかかわることであれば、基本的に卒論のテーマ設定は自由です。国際法という大きな柱はありますが、扱う問題は幅広いので、個々の興味によって非常に多様になるのが特徴といえます」(同教授)

これまで学生たちが設定したテーマは、実に多岐にわたり、安藤教授自身も「面白い!」と唸るものばかり。例えば、テロの統一的定義は必要か、シリア内戦を事例にした化学兵器禁止条約の問題点、世界の領土問題から見る日本の領土問題、紛争における少年兵の問題、UNHCRによる難民支援の課題、災害支援と国際法など多種多様だ。ゼミでは、文献・資料の調べ方や読み方といった基本的な
ところから指導するが、学生たちの意識は高く、積極的に国連の資料を原文で読み込むなどして、ディスカッションも毎週白熱する。
「自分の研究だけでなく、ほかの人のテーマにも耳を傾け関心を寄せることはとても大事です。広い視野を育み、多様性を認識することにつながればと考えています」(同教授)

先生の狙い通り、学生たちは皆どのテーマについても興味をもって議論を重ねている。扱う題材の幅が広いからこそ、広い視野をもつことは重要であるといえる。

国際的な視野をもつグローバル人材の育成

ケンブリッジ大学サマースクールにて

引率したケンブリッジ大学サマースクールにて。参加した三軒茶屋キャンパスの学生たちと

三軒茶屋キャンパス全体としても、グローバル人材の育成に力を入れている。例えば、アメリカ・ウェスタンミシガン大学への派遣留学プログラムでは、TOEFLのスコアを満たせば、現地の正規課程を履修できるコースもあるのだ。現在留学している人のなかには、同大学で航空学やスペイン語を学んでいる危機管理学部の学生もいるという。

さらに課外講座のなかでは、毎日空きコマに40分間ネイティブスピーカーと英会話ができる「毎日英会話講座」が人気だ。TOEFLのスコアアップを後押しする課外講座も設置準備中とのこと。また、学部内では「コミュニケーション英語」という科目があり、危機管理に関する専門的な内容を英語で国際的に発信する力を磨くことができる。グローバルな視点をもつ学生の多い同学部では、安藤教授も活躍している。

「海外学術交流委員会委員として、大学主催のサマースクールでは、イギリス・ケンブリッジ大学に引率しました。また昨年夏には、ジュネーヴでの、世界各国の大学の国際交流担当者が集う会議にも参加しました。私自身が海外に足を運ぶことで、当学部の留学先の開拓も進めています」(同教授)

最終的に目指すのは、危機管理のさまざまな場面で貢献できる人材を育むこと。安藤教授は、次のように語る。

「常に知的好奇心をもって、日々移り行く国際情勢、国内社会の動向を注視しつつ、目の前だけではなく、少し先を見据えて考えられる人になってほしいですね」

今年で創立130周年を迎えた本学の建学の精神は、安藤教授の願いにもなって、学生たちに受け継がれていく。

危機管理学部のカリキュラム