東京オリンピックのボランティア活動で、 自分にできることが沢山見えてきた

垂見麻衣さん(通信教育部商学部商業学科1年)【前編】

取り組み・活動
2021年10月26日

今年4月、通信教育部に入学した垂見麻衣さんは、会社員であり二児の母。忙しい毎日の中で勉学に取り組み、それに加えて夏には東京オリンピック・パラリンピックの両大会でボランティアに手を挙げた。

どんな思いでボランティアに応募したのか、どんな活動をして、そこから何を得ることができたのかを聞いた。

何を言われても「私絶対やるから」を貫く

「何を言われても『私やるから』と強気で言っていました。」

東京オリンピック開催が近づくにつれて、安心・安全にできるのかという疑問の声や、開催に反対する声も世間では大きくなっていく中でも、垂見さんは強い決意を曲げなかった。

広島県に生まれた垂見さんは、フィリピンに留学、その後、カナダに渡り高校を卒業した。

カナダ滞在中の2010年、バンクーバーオリンピックの時に経験したことが、東京大会でボランティアをやってみたいと思うきっかけになった。

「自分は正式なボランティアではなかったけれど、街中に日本人の方がいらっしゃって『会場はどこですか』と聞かれた時に、ご案内して「ありがとう」と言われて嬉しかったんです。それが結構大きなきっかけになって、自分もオリンピックに関わって、世界中から来る人をおもてなししたいと思いました。」

留学を終えて帰国し東京で就職、転職を経て現在も社会人として働いている。結婚し、未就学の子供がいて、どう考えても忙しい毎日のはずだが、東京招致が決まった段階で、ボランティアをすることは決めていた。

「募集が始まる前の段階で、『私絶対やるから』と周囲に言っていました。子どもは本当にかわいいですし、子どもに時間をかけなければいけないのも分かりますが、私は自分の中の天秤がボランティアに傾いていたので、大会に全力をかけたいと思いました」

ボランティアに配られたガイドブックと体調管理ノート。

ボランティアに配られたガイドブックと体調管理ノート。競技会場や選手村などで活動するボランティアがフィールドキャストと呼ばれる。

大会開催を控えた今年4月には通信教育部に入学し、さらに忙しくなった。大学に通うことにした理由も、後編で述べるようにオリンピックと関係が深い。

大会期間中は、東京にホテルを取ってそこから通い、子どもの世話は夫の全面的な協力に委ねた。夫はスポーツにもオリンピックにも興味がなく、英語は嫌い、日本から出たくないという「真逆の人」だというが、「もともとやりたかったことだから、最後まで頑張って」と励ましてくれた。

勤務先では有給休暇を取った。これも招致が決まった5~6年前からすでに、上司にこの期間は休むと言い続けてきたそうだ。

そんな強い思いがあっただけに、新型コロナウイルスの影響で一年延期が決まった時は「結構泣きました」という。今年になって大会が近づくと、職場では「本当に行くの?」「辞退しなよ」などと言われた。茨城から東京に行くこと自体が色眼鏡で見られるような空気もあった。だが、そういう意見は気にしなかったという。

「オリンピックは大会関係者も全員ワクチン接種済みですし、PCR検査も実際に毎日やりました。かつバブル方式で実施するとされていました。たとえば大学などのスポーツイベントでもそこまで徹底的に対策をして開催したことは中々出来ないですし、100%安全とは言えなくても、普通に満員電車に乗っているよりも安全性が確保されていると思いました。」

震える手で結んだテコンドー防具の紐

こうして迎えた本番大会。オリンピック、パラリンピックでそれぞれ10日〜11日ずつ活動したが、シフトは朝番と遅番があり、選べるわけではなく、遅番の次の日に朝番になることもあった。遅番の日は都内のホテルに帰るための終電に間に合うように、駅まで走った日もあったそうだ。

オリンピックでは、テコンドーとレスリングの担当になった。会場は千葉市の幕張メッセである。ボランティアは会場や競技を選ぶことはできず、役割は「移動サポート」「競技」「案内」など九つに分かれるが、垂見さんには「テクノロジー」の役割が与えられた。

テクノロジーとは競技結果などのデータ入力を担当する業務である。しかしテコンドーではビデオ判定用のビデオ撮影や、選手控室で選手が防具を装着する手伝いをし、胴当ての後ろの紐を結ぶ役目だった。防具にセンサーが入っているのでテクノロジーなのだという。

「試合前の緊張感があるので、こちらも手が震えましたが、『さっさとしてよ』とか『もっときつく締めて』『もっとゆるく』などと、もうガンガン言われて。選手とそういう会話はあったんですけれど、雑談なんかするような空気もなければ余裕もなかったです。すごく迫力はありました(笑)ビデオ撮影ではビデオ判定時に自分の撮影が使われ、それによって点数が変わってくると思うと目の前の試合撮影に集中し、緊張感をもって活動していました。」

レスリングでは、場内の電光掲示板に表示する対戦者の名前や試合開始時刻を入力する役割をした。その操作法の研修は、試合の始まる前日に3~4時間程度行なっただけだという。それだけで本番で間違いなく操作しなければならない。

パラリンピックも同じ会場で、テコンドーと、今度はシッティングバレーボールを担当した。シッティングバレーボールでは、サーブのスピードを測るための機器を操作する役目だった。
当初は思い描いていた東京の会場ではなく、役割も違ったことを残念に思っていたが……。

「参加してみたら、やっぱり試合会場って空気が違うんです。選手の緊張感や熱が感じられ、それに圧倒されて、もっと競技を理解して楽しみたいと意識が変わっていきました。防具の紐を結んで送り出したテコンドーの選手が、試合が終わって『勝ったよ』と笑顔で報告に来てくれた時に、とても嬉しく思いました。ビデオ撮影の時には、会場の中にしかない音もありますし、汗が落ちる感じだったり、叩かれて鼻血が出ちゃったとか、そういう光景も間近に見て、テレビの画面では伝わらないものがいっぱいあって、圧倒されました。」

ボランティア仲間と一緒に作り上げた大会

垂見麻衣さんの取材の様子

ボランティアとして活動した一番の感想は「すごく楽しかった、人生最高の経験だった」という一言だ。

「一つはスポーツの楽しさ。選手のサポートを自分で実際してみて、新しい魅力が発見できたのが楽しかった。スポーツやスポーツボランティアに関する見方が変わりました。もともとスポーツに興味がなかった私が、こんなにも魅せられて、自分の価値観がすごく変わりました」

スポーツに興味がなかったというのは意外だが、当然テコンドーやレスリングの知識はなかった。最初にテコンドーの担当になることが決まり、競技について調べたが、あまりメジャーな種目ではないので情報は少なかった。レスリングは開催が迫ってから担当に加わったので、調べる暇もなかった。

パラリンピックのシッティングバレーボールについても、もちろんまったく知識がなかったが、小学校の時にバレーボールを経験していたこともあり、終わった今ではこれからも積極的に関わっていきたいという気持ちになっている。審判員の資格を取ることも考えているという。

オリンピック会場にて

もう一つ楽しかったのは、新しく仲間ができたことだ。ボランティア募集が始まってから、仲間と共にFacebookのボランティアグループの運営をリードした。参加が決まってからは組織委員会による研修とは別に、仲間と自主的に研修などの活動を行ない、コロナの感染が拡大してからはオンラインで続けた。zoomを使って、語学や手話、障がい者スポーツを学んだり、あるいはスポーツボランティアや過去大会の経験者に話を聞いたりしたという。

そんな活動のお陰もあって活動期間中は、仲間と互いに「お疲れさま」「一緒に写真撮ろう」などと声を掛け合って賑わっていた。そして大会が終わっても交流は続き、今回の経験を小中学生に伝えていくために「語り部の会」を発足しようと動き出している。

オリンピック会場にてミライトワと

前述のようにかつてはスポーツに興味がなかった垂見さんだが、ボランティア仲間からサッカーの面白さを聞くうちに好きになり、事前にスポーツボランティアの経験を積んでおきたいという気持ちもあって、1年ほど前からJリーグでボランティアを始めていた。しかし、そういう試合のボランティアと今回のオリンピック・パラリンピックのそれとでは明らかな違いがあったという。

「無観客だったこともあって、ボランティアと大会関係者で大会を盛り上げよう、与えられた役割をこなすだけではなくてプラスαをボランティアで作っていこう、という雰囲気がありました。たとえば会場の中で海外の選手や関係者が来る場所に折り鶴をいっぱい飾って楽しませてあげようとか、少しでも来てよかったと思ってもらえることを誰もがやろうとしていた。他の会場も同じだと思います。みんなが何としても成功させたいという気持ちを強く持っていました」

オリンピック会場にてボランティアの仲間と撮影

そしてこの経験を通して得た気づきやボランティア活動の楽しさから、垂見さん自身も新たな自分を発見した。後編で紹介するように新たな目標もできたという。

「多様性豊かな仲間ができて、みんなで大会を作り上げた達成感はやっぱりすごかったなと思います。それによって自分も、今まで学んできたことや経験したことを、何らかの形で次に伝えたいと思うようになったのが、すごく変わったことです。私のように元々スポーツに興味がなかった人でも、こういう機会を通して新しい発見ができることも伝えていきたい。今回の大会を通して、自分にできることが沢山見えて、増えたと思っています」

<プロフィール>

垂見麻衣(たるみ・まい)さん
通信教育部商学部商業学科1年。広島県出身茨城県在住。フィリピンやカナダへ留学。留学経験で培った語学を活かし現在も社会人として働いている。2021年に通信教育部商学部商業学科に入学、夏には以前からの念願であった東京オリンピック、パラリンピックのボランティアを務めた。オリンピック後もボランティアグループで、東京2020大会実現に尽力し、大会を支えてくれた全ての人たちに感謝の意を伝えるプロジェクトを立ち上げている。

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