【研究者紹介】
ヒ素の発がんメカニズム解明に30余年

薬学部 山中 健三 教授

研究
2020年01月08日

中国の国家重点大学と共同研究、心臓血管・中枢神経障害の究明にも期待

山中 健三 教授

薬学部 山中 健三 教授

ヒ素といえば猛毒で和歌山毒物カレー事件を思い出すが、世界保健機関(WHO)が発がん物質と結論付けたのが1981年。ちょうど山中教授が大学院生の頃で、以来その発がん機序解明の研究に一貫して取り組んできた。

途中5年間のブランクはあったが、やればやるほど面白く、奥が深い研究テーマに気付き、はまり込んでしまった。

発がん機序が分かっている化学物質は現在でも大変少なく、通常の発がん物質は正常細胞の遺伝子に傷をつけて突然変異をおこし、悪性腫瘍細胞に変化させてしまうが、直接遺伝子に傷をつけずに発がん性を示す非遺伝毒性発がん物質も多く存在し、そのうちの一つにヒ素化合物は分類される。特に、経口摂取で皮膚がんを引き起こす発がん物質はヒ素化合物以外無い。

現在、ヒ素汚染された井戸水による健康被害が、世界各地で発生。約2億人が健康被害を受けており、主要な研究対象になっている。

その後の共同研究で、身体中で「活性酸素」「ヒ素フリーラジカル」などの活性種を代謝生成し、これが発がんの原因との仮説を、世界で初めて発信した。

本来なら身体を防御する抗酸化システムが働くはずだが、ヒ素に触れることでそのバランスが崩れてしまう。ただし、これを分子化学・生物学的に立証するのが難しい。変異原性陽性であれば、チェックできるが、それは無理。山中教授の実験では――。

ヒト皮膚の表皮を覆う角質から取った正常細胞に非常に低濃度のヒ素化合物を曝露、根気よく培養。約18週で、ヒ素による悪性形質転換が起こる。がん細胞に変化するわけだ。その過程で細胞の中のタンパク質や遺伝子の変化を追跡するという、分子生物学の地道な作業の繰り返しだ。

絞られてきた要因

自然のままの無機ヒ素化合物は、身体に摂取されてメチル化代謝の末に有機化合物に変化するが、その際に硫黄原子の付加体も生成し、これら代謝物がレドックスシステム(抗酸化システム)のバランスを崩す要因になるらしい。遺伝子からタンパク質が作り出されるが、そのタンパク質にこれら代謝物が作用すると、タンパク質の機能・性質がガラッと変わるというわけだ。

その結果、発がんの標的がようやく絞られてきた。ヒ素発がんはメチル化代謝、加硫化代謝が重要であり、それらの中間代謝過程において大変活性の高い代謝物が生ずると、身体のレドックスバランス(恒常性の維持)が崩れることに起因するというのである。

活発な交流に意欲

中国との共同研究に調印する山中教授

中国との共同研究に調印する山中教授(右)

中国の国家重点大学の一つである蘇州大学医学部と、昨年度から3年計画で、国際共同研究に取り組んでいる。

中国といえば黄砂で舞う粉塵のPM2・5(微小粒子状物質)に加え、ヒ素地下水汚染が深刻な国内問題として挙げられ、その基礎研究が最重要課題。国費留学生として安艶さんが20年ほど前に来日、教授の元で研さんを積んだ。

その女性研究者が5年間の研究を終えて帰国した後、蘇州大学医学部公共衛生学院分子毒性学分野の教授に就任したのがきっかけだ。

共同研究の目的は優秀な若手研究者の養成と、ヒ素代謝物がレドックス制御を崩壊させ、がんをはじめ、心臓血管・中枢神経障害、老化のメカニズムを解明すること。薬学に特化した研究、ケミカルバイオロジーを用いた領域だけに、山中教授に期待するところ大である。

これを受けて、中国から昨年は4人の研究者、今年は3人以上の大学院生がやってくる予定だ。

アメリカの多くの大学と大学院の国際交流を積極的に行っている蘇州大学。山中教授は「先方がアグレッシブなだけに、こちらも、若手教員、大学院生にもっと興味を持ってもらえるよう、研究を進めたい」と意欲的である。

薬学部
山中 健三 (やまなか・けんぞう)教授

昭和56年本学理工学部薬学科卒、58年静岡薬科大大学院薬学研究科修士課程修了。薬学博士。
民間企業で2年間の研究員生活の後、60年に本学の薬学科助手。専任講師、助教授を経て、平成17年から教授。
内閣府食品安全委員会化学物質・汚染物質専門調査会専門委員など歴任、日本薬学会会員、日本癌学会会員、日本微量元素学会評議員、日本ヒ素学会会長。東京都出身。62歳。