【研究者紹介】
競技スポーツにおける実践知の重要性を説く

スポーツ科学部 青山 亜紀 教授

研究
2020年02月26日

「重圧は実験室では再現できない」マトヴェイエフに魅せられて研究の道へ

スポーツ科学部 青山 亜紀 教授

スポーツ科学部 青山 亜紀 教授

スポーツにおいて必要な能力=体力と考える人は多い。しかし試合で戦うためには体力だけではなく、技術力、戦術力、精神力も不可欠で、全てがまとまりとして機能しなければならない。これが競技力の正しい理解だ。第二次大戦後、五輪での勝利を目的に始められた研究において、旧ソ連の研究者・マトヴェイエフは測定スポーツのトップ選手の膨大なデータに基づき、試合で良い成績を出すためには競技力が最高の状態になっていること、その状態は周期的なサイクルで発達することを見い出す。そしてこの状態を『スポーツフォーム』と名付け、発達周期に基づきトレーニングプロセスを準備期・試合期・移行期に期分けするピリオダイゼーション理論を体系化した。

「ピリオダイゼーションという言葉を知っていても、スポーツフォームの概念とその発達周期に基づいてトレーニング計画を立てる意味を知る人は少ないと言わざるを得ません。これが誤ったトレーニング計画を立てることにつながってしまいます」

プラトーノフが進展

約20年前、スポーツフォームの研究はほぼされていなかった。ロシア語に精通したスポーツ科学の研究者が少なく翻訳が困難であったこと、旧ソ連を中心とした東ヨーロッパがこの分野の最先端にあったため、歴史と共に埋没したことが主要因だという。マトヴェイエフ理論を正しく理解する者が減り、この理論は現代の競技スポーツに合わないと批判する者が増えた。このような風潮に警鐘を鳴らしたのがウクライナの研究者・プラトーノフだ。

「マトヴェイエフ理論を表面的に理解し、独自のピリオダイゼーションを展開する研究者は少なくありません。それに対し、プラトーノフ氏はマトヴェイエフ理論と他の理論を冷静に比較した上でマトヴェイエフ理論を進展させ、新たなピリオダイゼーション理論を提唱する、この分野の第一人者です」

直接的試合準備

マトヴェイエフ理論を批判する一つにブロックピリオダイゼーションがある。年間で1~2試合に照準を合わせるマトヴェイエフに対し、複数の試合のために短期的なサイクルでトレーニング計画を立てるというものだ。現代スポーツにおいては後者が優れているように見えるが、スポーツフォームが未完成になるという大きな欠点がある。そこでプラトーノフは現代の競技スポーツの実情に適応させる理論を提唱する。

「トレーニングを行うのは人間です。したがって、スポーツフォーム発達の法則性は無視できません。プラトーノフ氏の理論では、マトヴェイエフ理論を基礎に置いた上で、複数の試合に向けたトレーニングの一つひとつを利用していきます。そして、最も大切なのが重要な試合直前に行う特別なプロセスである『直接的試合準備』です」

ウクライナ国立体育大でプラトーノフ教授、マリア教授と

ウクライナ国立体育大でプラトーノフ教授、マリア教授

複数の試合をこなせば当然記録は上下する。スポーツフォームとは、選手の競技力の状態のことであるから常に一定ではない。スポーツフォームの不安定要素である戦術力と精神力が、一つとして同じとはならない試合当日の状況の変化に影響を受けるからだ。重要な試合の前に不安定要素を排除し、万全な状態にする準備プロセスが『直接的試合準備』だが、これに対しても批判の声は少なくない。

「直接的試合準備の内容は個別的かつ具体的なもの、すなわち、数字では置き換えられない実践知そのものです。『実践知は研究になるのか』という疑問を多くの研究者が持つのです」

それでも青山教授は実践知の重要性を訴える。マトヴェイエフ理論が提唱されてから約半世紀。スポーツ科学が発展した現在でも、五輪などの最重要試合で自己ベストや世界記録を出す選手の確率は変わっていないからだ。マトヴェイエフの「重圧は実験室(=科学知)では再現できない」は、自身を戒める言葉でもある。

スポーツ科学部
青山 亜紀(あおやま・あき)教授

昭和63年日本女子体育大卒。同年聖徳大学短期大助手に就任。平成6年筑波大大学院修士課程体育研究科修了。東京造形大、法政大学女子高(現・法政大国際高)、青山学院大での非常勤講師を経て、28年に本学教授。
著書に『陸上競技を科学する』(道和書店)、『コーチング戦略』(八千代出版)、『コーチング学への招待』(大修館書店)などがある。博士(教育学)。東京都出身。