【研究者紹介】
マーケティング的手法で斬る政治学

商学部 井手 康仁 准教授

研究
2020年05月07日

現地調査でブランド価値高める研究
複眼的視点に自身の教訓

商学部で唯一の、政治学を学ぶゼミを主宰する。しかし「けっして商学部と無縁の学問ではない」と語るのは井手准教授だ。

例えば商学部を代表するマーケティング論では、いかにしてモノを買ってもらうかを考える。政治学でも誰かに何かをしてもらうには、どのようにすればよいのかを考えるのが主要なテーマの一つだというのである。

もともとソ連・ロシアの憲法を研究していたが、修士課程修了後に縁あって外交旅券を与えられた専門調査員としてモスクワの日本大使館で2年余勤務、外交の研究に転じた。

ロシアで厳しい情報戦

商学部 井手 康仁 准教授

商学部 井手 康仁 准教授

そこでの主要な仕事は北方領土問題をロシア国内で広報することだった。折からの金融危機で、ロシア国内は大混乱。そんな時にあの島々は日本のものだと言っても、ほとんどけんかを売っているような状況だ。親日派を増やそうとする外務省の方針ではあるが、非常に気を使ったという。

そんな井手准教授に北方領土問題の展望を聞くと、「日本人は大きく吹っ掛けて交渉を進めるのが下手」と言葉少な。2島返還と残り2島の共同経済活動で打開しようとした安倍晋三首相の目算が外れ、次の首相の交渉は一段と難しくなった。

博士課程を経て、外務省の第四情報官室と内閣情報調査室(国際情勢研究会)に勤務。上司がスパイ容疑で逮捕されたこともある。相手は外交特権で逃走。相手側に渡された文書の中に自身が公開情報を元に作成した資料が含まれていたらしく、自身も情報の入手先などの事情を聴かれたとかで、国際情報戦の世界の厳しさを痛感した。

魅力作りが広報の核

井手准教授によると、マーケティング論と政治学との関係が最も分かりやすいのは選挙だが、相手に自分の望むような行動をとらせるための方法は三つある。

一つは暴力で、国家間なら戦争で言うことをきかせる。二つ目は経済援助なり金銭の力で支持を獲得すること。その逆が経済制裁だ。ただし、選挙で暴力だとか金銭は使えない。

そして最後の一つが、魅力。これには広報活動やマーケティングも大きく関わってくるが、魅力が大きければ、あの人のためなら、あの国のためなら何かやってあげたいと思ってもらえる可能性が高い。自分のリスクも低く最も効果的な力である。

和気あいあいと進む井手ゼミの様子

和気あいあいと進む井手ゼミ

現在はその魅力作り、ブランド価値を高める広報の手法を、約40人のゼミ生らと議論を重ねながら研究している。

国際関係学や社会学、観光学など近縁の学問分野も守備範囲で、ビジット・ジャパン・キャンペーンも研究の一翼に加えている。

実は井手准教授、愛媛県出身の縁で、松山市に「坂の上の雲ミュージアム」が建設された当初から、ロシア語史料の翻訳などで全面協力。日露戦争中の新聞やロシア兵に配った投降ビラなどを通して、捕虜に対する当時の日本の待遇が国際的にも高く評価されたことを突き止めている。

訪日外国人の急増に沸く現在の日本ブームの到来は、マンガやアニメ、コスプレなどの国際的流行に一因があるそうで、その背景を分析中である。

井手ゼミの特徴はキャンパス外で学ぶ機会を多めにとって、現地調査や工場見学の機会を増やすことである。

政治状況は最悪とされる日韓関係だが、そこで目にしたのは韓国のアイドル・ショップに群れる日本の若者たちと、街中を練り歩く韓国アイドルの面々。そのギャップに、改めて課題を投げ掛けるのが目的である。

あるいは、老若男女に愛される上野公園のパンダを眺めつつ、中国最強の宣伝広報兵器とされるその存在に思いをはせる。

その根底には、「物事を一方的でなく、複眼的に見ることが欠かせない」という井手准教授の、自身の経験に裏打ちされた教訓に基づく考えが生きている。

商学部
井手 康仁(いで・やすひと)准教授

平成6年慶應大法学部卒。18年同大学院法学研究科博士課程単位取得。
8年から2年間、在ロシア大使館専門調査員。18年から2年間、外務省第四情報官室に勤務。
20年から本学の専任講師、29年准教授。
日本国際政治学会、日本交通学会に所属。愛媛県出身。48歳。