【研究最前線】
「違い」を乗り越え、新しい価値を生み出す
組織的・戦略的マネジメントの研究に邁進

商学部 経営学科 中川 充 准教授

研究
2020年05月13日

昨今、大企業のみならず中小企業においても海外進出ニーズが高まっており、海外市場にビジネスチャンスを見いだす企業が増えている。しかし、そのニーズとは裏腹に海外子会社をコントロールできている企業は少なく、多くの課題を抱えているという。
こうした問題を独自の切り口で分析し、新しい価値を生み出すマネジメントの枠組み作りを探究する中川充准教授。その功績は国際的にも高く評価され、今後の活動にますます期待が高まっている。

日本企業の実態に即した研究で、国際学会でベストアワードを受賞

AJBSのBest Paper Awardを受賞

同世代の研究者とともに取り組んだプロジェクトで、AJBSのBest Paper Awardを受賞。初参加での受賞は話題となった

日本的経営研究に関して最も権威のある国際学会AJBS(Association of Japanese Business studies)。その2016年次大会で、Best Paper Awardを受賞した、商学部経営学科の中川充准教授。5人の若手研究者による共同研究で、日本企業の経営スタイルは変化すべきか否かについて論じた研究内容は、実態に即した問題意識が高く評価され、初めての参加でありながら最終ノミネートに残り、栄えあるBest Paper Awardの受賞に至った。

このほか、多数の査読付き学術雑誌への論文掲載や国際学会を含む査読付き学会発表、著書の分担執筆等といった成果を出している中川准教授だが、大学院時代から一貫して日本企業を研究の軸としている。

「経営学は応用学問と言われるように、研究成果を実践に還元することも重要です。我々ができることは、今起きている事象から言えることを整理し、考え方の枠組みを提示すること。それによって企業の方自身が戦略性を持った意思決定ができるように、補助線を引くようなイメージです。実際、フィールドワークで企業を訪問し管理者の方と話をすると、ご自身が取り組まれていることを適切な言葉で表現できずに悶々とされているケースが非常に多くあります。そんなときに我々が提示した枠組みによって、これでいいんだ、こんなふうに理解できるんだと、企業で活動する方々の励みになったり、勇気づけたりすることができればと常に考えています」

グローバル化やデジタル化が激化する変革の時代にあって、さまざまな変化が求められる日本企業の道標となり活動を下支えする研究、それが中川准教授の研究であり、目指すところなのだ。

親会社と海外子会社の「違い」に着目。新しい価値を生み出すマネジメント

中川 充 准教授

中川 充(なかがわ・みつる)准教授

中川准教授が取り組む研究は、大きく二つの分野に分けられる。ひとつは「『違い』を乗り越える組織マネジメント」である。昨今、大企業のみならず中小企業においても海外進出ニーズが高まっており、生産拠点を海外に移転するほか、海外にマーケットや販売拠点を求める企業も増えている。また、これまでは日本で集中的に行ってきた研究開発の拠点を海外に移す動きも活発になっている。しかし、そうした流れとは裏腹に、海外子会社のマネジメントに問題を抱える企業が多いという。そこで中川准教授は、本国親会社と海外子会社、あるいは日本市場と海外市場の関係性を経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の「違い」から捉え、定量的なデータの分析も取り入れた事例研究を中心に行っている。

「同じ会社でも、日本の親会社と海外子会社では、組織の内側にも外側にも大きな違いを抱えています。海外子会社では従業員は現地の方が中心になりますし、市場や取引方法も含めて、すべて日本とは異なってきます。そんな中で、経営がうまくいっている企業や組織に共通しているのは、『違い』はあるものだという前提で、その違いをどう乗り越えていくかを考え、働きかけをしているという点です。逆に言えば、うまくいかない企業は『違い』に直面したところで立ち止まってしまう。その点に着目して、組織的にどうマネジメントするのかという問題に関心を持っています」

中川准教授が研究対象としているのは主にアジアを中心とした新興国の子会社である。当然、同じアジアであっても土地によって慣習や価値観もまったく異なるため、日本では当たり前のことでも、海外では当たり前ではなくなってしまう。時間管理の問題や、キャリアアップも含めたジョブホッピングに代表されるような職業観の問題など、多様な「違い」に頭を悩ませる企業の管理者は多いという。

また、経営資源は企業が競争するうえでの強みになるものと考えられているが、過去に日本の経済が成長していた時期にうまくいっていた企業ほど、つまり過去に強みがあればあるほど、現在や未来の変化に対応しにくくなるというパラドックスがあるという。そして、この問題を扱った研究のひとつが、冒頭で紹介したBest Paper Award受賞のプロジェクトである。

「この研究では、本国で培った経営ノウハウを新興国の子会社でも継続して取り組むか、あるいは、それまでの強みに関しては少し目をつぶってでも本国とは違う新しい取り組みをすべきなのか、ということに関して、新興国に海外子会社を持つ企業を対象に調査を行いました。結果、変化をしている企業のほうが、そうではない企業よりも高い経営成果を上げているということが分かりました」

変わるべきという考え方がある一方で、これでの強みである資源を無視するのはもったいないという考え方もある。また、蓄積してきた資源をそのまま使おうとするがためにうまくいかなくなるという研究もあり、これを資源蓄積パラドックスと捉えて、資源のどの部分を活用するのか、またどのように再配分するのかなどについての戦略的な意思決定に関する研究も進めている。

日本企業の成長に必要なのは、恐れずに変化を求めること

ゼミで指導をする中川准教授

「組織と戦略のマネジメント」を研究テーマとしたゼミで指導をする中川准教授

このような海外進出においても、イノベーションにおいても、企業が成長するために必要なのは「変化を求めること」だと中川准教授は言う。

「昨今の競争環境では、日本企業の競争優位、つまり強みの入れ替わりが早く、10年前の強みが今は強みではなくなっているということも多々あります。ですから、企業が成長するためには、強みを生かしながら、その時どきの市場や競争相手、先端的な技術も含めた技術の動向などを踏まえたうえで変化していくことが重要です」

この点で言えば、海外に研究開発や製造拠点を求める動きは、まさに変化と言える。家電などの製造業では、性能と価格が製品の特徴を構成する2軸になるが、多くの消費者が求めるのは「高性能で価格が安いもの」だ。

20年前であれば日本製製品の技術的な優位性は確実に存在したが、新興国企業の技術力が追随する今、一般的な製品に際立った性能の差はほとんどなくなっている。となれば、競争の鍵となるのは価格差である。

「日本企業の技術者は非常に優秀で、技術革新や研究開発によって階段を上るように技術力を高めてきました。けれど、そんな優秀な技術者をもってしても、性能はそこそこで良いので安く作ってほしいというオーダーには簡単には応えられないのです。それは、一度上がった階段は降りられないという技術者の心理的な問題もありますし、そもそも良いものを安く作る技術と、そこそこのものを安く作る技術は似て非なるものだ、という話もよく耳にします。つまり、物作りのベクトルが違うのです。そこで、海外新興国に製造拠点を持つことで、日本で開発されるものとは異なる特徴、強みを持つ製品を製造しようというのが、さまざまな企業が海外子会社を展開する理由でもあります」

本国では高性能な製品をより安く作り、海外子会社ではそこそこの性能を持つ製品をより安く作る。既存の事業を深めることと、新しい事業を開拓すること、いわゆる「両利き」と言われる2軸体制をあえて切り離すことで、変化に対応する企業も多い。また、ワーカーの賃金が日本よりも安い新興国では、より安価な製品のニーズが高いため、こうした確実なニーズに応じた研究開発を行うことができるのも大きな利点だという。

強みを生かしたマネジメントと、知識創造のパラドックス

中川准教授が取り組む研究のもうひとつの柱は「新興国海外子会社における知識移転と知識創造のマネジメント」である。

「企業には、その組織特有の考え方や価値観があり、その考え方に馴染み、行動様式がその企業らしくなっていくことを組織社会化と言います。たとえば日本大学には日本大学の良さがあり、学生には日大生らしさが感じられるのと同じことです。企業が新人研修を行うのはこうした組織社会化のためであり、その組織らしく振る舞える人材を育成しているのです。らしくなる、ということは再生産できるということですから、すべての行動を指示しなくても、その組織メンバーらしい行動がとれるようになります。同様に、海外子会社でその会社らしい人材が育成できれば、日本で行っていることや考え方など、知識の移転をうまく行うことができます。日本の親会社が持つ強みを、海外でも同じように生かせるからです。しかし一方で、組織社会化により知識の創造、つまり新しいことを生み出しにくくなる傾向があります」

国際経営の観点では、日本で持っている強みをいかに海外に派生させるかが重要になるが、日本的な方法や価値観を押し付けると、多様性を生かすことが難しくなり、市場でのパフォーマンスを高めることができなくなる。そのため、現地の良さを取り入れた新しい取り組みや、製品・サービスを考える必要が出てくる。しかし、組織社会化により、そうした知識の創造が抑制されてしまうこともあるというのだ。一見良いことのように思われている仕組みにも、思わぬ落とし穴があるという警鐘を鳴らした研究である。

教育に研究は生かされる経営学は「見晴らしが良い学問」

授業の模様

学生には、当たり前のことに目を向け、常に「なぜ」を問う力、説く力を養ってほしいという

現在、学部と大学院での指導にあたる中川准教授は、教育の現場でも常に自身の研究内容を踏まえて活動しているという。

「私の研究は、企業で働いている方への還元という形もありますが、学生に対しても自分の研究内容を踏まえて教育することが、5年、10年の中期的なスパンで考えれば、社会への還元につながると思うのです。今教えている学生の多くは、もちろん個人の意思決定にもよりますが、将来何かしらの組織に所属したり、起業したりすることで、さまざまな場で活躍するすばらしい人材です。ですから、学生に何か伝える際は『あなたが管理者としてこのような課題を示されたらどう乗り越えるか』という視点を意識して話すようにしています」

研究を企業に還元するということを考えれば、学生への教育も将来的には実践につながり、還元になる。さまざまな考え方があるだろうが、研究と教育を分けずに取り組めるところが経営学の面白さのひとつだと中川准教授は語る。

「たとえば、今40人弱のメンバーが所属しているゼミナールもひとつの組織です。そして、企業と同じように一人ひとりに違いがあります。目標も違いますし、またそれぞれにプライベートのこともあるでしょうから、常に同じ熱量で取り組めることばかりでもない。そんなときに、なぜやらないのかと頭を悩ませるのではなく、その違いをどう整えていくかということに、自分の研究を応用することができるのでとても面白いのです。学生にとっても、ゼミナールのほか、アルバイトや部活、サークルなど、いろいろな場面で役立てることがあると思いますから、近い将来に就職したり起業したりしたときにも活用できるようにと、常に経営学を引き寄せて学べるように意識しています。経営学はとても見晴らしが良い学問なんです。ですから、就職活動について相談に来る学生の悩みも、実は経営戦略論のフレームで整理がつくようなこともあります」

例外はあれど、人は人と関わらずには生きてはいけないため、広い意味では常に組織と関係を持っている、つまり経営学が応用できるということなのだ。今後は、海外子会社を中心とした研究から、その枠を少しずつ広げていきたいと話す中川准教授。見渡す先には、新たな研究テーマと展望があるのだろう。

中川 充(なかがわ・みつる)
1981年北海道生まれ。2012年3月、北海道大学大学院経済学研究科博士後期課程を修了。
日本経済大学大学院経営研究科・経済学部(後に経営学部)准教授を経て、2018年4月本学商学部に准教授として着任。専門は経営戦略論、経営組織論、国際経営論