法学部 松元 雅和 教授
政治哲学を専門とする松元教授が、学生時代から一貫して取り組んでいるのは「戦争と平和」に関する倫理や正義の問題だ。学部生として学んでいた1997年から2001年にかけては、同時多発テロやコソボ紛争への介入など、冷戦後の新しい紛争の在り方が見えてきた時代。紛争への介入は合法だったのか否かなど、国際社会、国際紛争の問題は、知識人や学者の間でも議論されるようになっていた。また、2010年代になると、ハーバード大学教授マイケル・サンデル氏による「正義論」が日本でも広まり、政治哲学が一般にも浸透し始めた。
法学部 松元 雅和 教授
「政治哲学というと、以前は思想史や過去の思想家の人物研究が多かったのですが、最近は人口問題や移民問題、気候変動、戦争など、さまざまなトピックを個々に取り上げる『トピック重視』の研究が増えています」
中でも松元教授は時事的な問題を研究対象としているため、時機に応じて数多くの論文や著書を発表している。
「私の研究は賞味期限が早いので、どんどん公刊していかないと使わずじまいに…。まさに自転車操業です」
と笑うが、書きながら考えを整理するタイプで、執筆中に結論が見つかることも多いと言う。
第35 回石橋湛山賞授賞式で(2014 年)
そんな中で、2014年には著書『平和主義とは何か』(中公新書)で、石橋湛山賞を受賞。執筆当時、特に悪化していた東アジア情勢をリンクさせながら「平和」という概念を定義付けし、平和主義と非平和主義を対話させることで考察するというこれまでにないアイデアが高く評価された。
学説を教科書的に並べるのではなく、自ら取捨選択していかに対話していけるかを考え、あらゆる立場から戦争と平和を捉えるのが、松元教授ならではの手法だ。
「政治哲学の魅力は、研究としてはとても自由な分野だというところです。頭の中にある考えを取り出して言葉にする、というのが哲学ですから、発想次第で研究の幅が大きく広がります」
研究に対するこうした姿勢は教育の場にも表れている。
「政治はその話題を毎日耳にするほど身近なもの。だからこそ大学の学問として学ぶ政治は、通説をひっくり返すような面白い分野なんだよ、ということを学生に伝えたいと思っています」
例えば、検察官の定年延長問題で話題になっている三権分立はそもそも正しいのか?など、高校の教科書にある通説とは違った視点で問題を掘り下げ、学生の意欲を高めていると言う。
「研究を始めて20年がたちますが、その間にも新しい戦争の形態が現れています。例えばAI やロボット、ドローンなどの導入、IT 環境が整備されたことで、サイバー戦争と言われる紛争も起こっています」
戦争は最も倫理や正義から離れた領域だが、そんな中でも他国とうまく付き合うために国際法が発展したように、「最もきれい事が働きにくい場面でどうあるべきかという倫理や規範を考えること」にやりがいを感じていると語る。
松元教授は他にも、政治学や政治哲学と文学作品を重ねて解説する書籍の企画や、政治家が持つ独特な倫理観の言語化など、新たな研究を構想している。また、正義論を一つの学問分野として確立させることも、教授の目指すところだ。昨年には、法哲学、倫理学の研究者とアイデアを持ち寄り『正義論―ベーシックスからフロンティアまで』(法律文化社)を出版した。
「正義論は政治や法で分けることにあまり意味がなくなっています。分野を横断して学問として確立させることでいろいろな人が加わり、さらに成長していけるといいなと思います」
政治哲学の自由な発想は、その枠を超えて今後も大きく世界を広げていきそうだ。
法学部
松元 雅和(まつもと・まさかず)教授
2001年慶応大法学部卒。03年同大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。06年英ヨーク大大学院政治学研究科政治哲学専攻修士課程修了。07年慶応大大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。
博士(法学)。島根大教育学部准教授、関西大政策創造学部准教授を経て18年4月から現職。
著書に『人口問題の正義論』(世界思想社)など。東京都出身。