【研究者紹介】
近現代の書き言葉における言語変化を探究

文理学部 金 愛蘭 准教授

研究
2020年08月19日

日本最大規模の通時コーパスを設計・作成 非母語話者ならではの視点で新たな研究領域へ

日本の高校との姉妹校交流をきっかけに、大学で日本語と日本文化を学んだ金准教授。日本語日本文化研究生として京都大学に留学した後、韓国で日本語教師の職に就くも「自分が分からないことは教えられない」と痛感し、大阪大学大学院で学ぶことを決意した。

画期的な通時コーパス

文理学部 金 愛蘭 准教授

文理学部 金 愛蘭 准教授

修士時代、金准教授が注目したのは日本語の中の外来語だった。

「きっかけは、非母語話者(ノンネイティブ)としての違和感でした。日本人はどうしてこんなに外来語を使うのだろうと不思議に思いました」

外来語の運用は戦後に大きな変化を遂げたと言われていたが、大規模な実態調査が行われていなかったため、まずはそこから着手した。すると、時代の変化に伴って、よそ者として入ってきた外来語が、基本語(日常生活で頻繁に使用される語彙群)の中に見いだされることが明らかになった。例えば「トラブル」という言葉は、1960年代には人と人とのいさかいを表していたが、70年代になると「故障」の意味が加わった。さらに80〜90年代になると「肌のトラブル」「試験会場でのトラブル」といった形でも使われるなど、使用頻度も意味も広がり、「トラブル」は基本語になっていったのだ。

「当時は分析を行うために必要な日本語コーパスが存在しなかったため、20世紀後半の『通時的コーパス』を作成することから始めました」

コーパスとは、「電子化された大量の言語資料」のこと。金准教授は、図書館の書庫で新聞の縮刷版をパソコンに打ち込み、データを蓄積するという地道な作業を続けた。

「指導教官には『金さんは根性の人だ』と言われていました」(笑)

こうして1950年から2010年までの新聞を元に2千万字を超える「通時的新聞コーパス」を作成。20世紀後半の通時的調査が可能な大規模コーパスとして大きく注目された。

「作成したコーパスで外来語増加の量的な側面を分析すると、外来語が増加する一方で和語や漢語の使用量が減少していることが分かりました。さらに面白い結果が出たのが、外来語の意味分野でした。それまで、日常で使う外来語は『カップ』などの具体名詞が多いと言われてきましたが、実際には『チェック』『レベル』などのように、抽象的な関係性や事柄を表す言葉が増えていたのです」

増加傾向にある外来語を抽出したデータは、日本語教育で教えるべき優先順位を示す基礎データとしても役立っているほか、コーパスを使った分析を行いたいという研究者も増えているという。

「母語話者である日本人には自然だと思われる風景が、私には凸凹で見えていた」という非母語話者ならではの視点は、金准教授の最も大きな武器と言えるだろう。

共同研究では、近現代の言語変化をよりマクロな観点で見る考察を行うほか、完成すれば世界最大となる奈良時代からのコーパスを作成するプロジェクトにも参画している。

人や社会に寄り添って

日本語学会2019年度秋季大会で

日本語学会2019年度秋季大会で

金准教授は福祉言語学の研究活動も行っており、非母語話者のために緊急時のマニュアルを作成して配布している。東日本大震災の時、「高台」や「給水」という言葉を知らない留学生が多かったからだ。准教授自身、阪神淡路大震災の時に初来日し、2度の震災を経験していることも活動のきっかけになっている。

「言語を軸に、言語を使用する人や社会を意識し寄り添いながら、言語研究者として何ができるかを常に考えていきたいと思っています」

教育者としては、今年4月に開講した「日本語教育コース」の指導教員としても奮闘中だ。「夢を持って日本にやって来る留学生の支援にも積極的に関わりたい」という。

どの研究分野についても「すごく楽しいです」と笑顔で語る金准教授。充実した研究内容はもとより、研究への意欲あふれる姿に感化される学生も多いはずだ。

文理学部
金 愛蘭(キム・エラン)教授

大阪大大学院文学研究科(日本語学講座)博士前期・後期課程修了。博士(文学)。
国立国語研究所特別奨励研究員、早稲田大日本語教育研究センター、東京外国語大留学生日本語教育センター、広島大大学院教育学研究科准教授を経て、2019年4月から現職。
専門分野は、語彙論・意味論、コーパス言語学。
著書に『基礎日本語学』(ひつじ書房、共著)など。韓国出身。