【コロナ禍を生きる:Part 2 経済】
揺らぐ経済をどう立て直すか

変化を原動力に前向きな取り組みを
経済学部 権 赫旭 教授

研究
2021年03月10日

未知のウイルスの存在が確認されてからはや1年。
新型コロナウイルスの感染拡大はいまだ収束の兆しが見えず、政治、経済、社会、教育、文化、コミュニケーションなど人間活動を構成するあらゆる分野に、長期間にわたり影響を及ぼし続けている。
私たちはコロナ禍をいかに生き、未来への教訓としていけばいいのか──。経済の側面からその指針を模索するため、権 赫旭教授(経済学部)に話を伺った。

所得、雇用、地域、コロナ禍で生じた格差

経済学部 権 赫旭(Hyeog Ug KWON)教授

1968年生まれ。ソウル大学国際経済研究科修了。1997年来日。2004年一橋大学大学院経済学研究科経済学博士号取得。一橋大学経済研究所COE非常勤研究員、一橋大学経済研究所専任講師などを経て、2006年日本大学経済学部専任講師、08年准教授。13年から現職。専門は応用経済学、経済政策。日本経済学会、AmericanEconomic Association 所属

失業率の増加やGDPの落ち込みなど、コロナ禍の影響は経済にもさまざまなインパクトをもたらしてきた。いま日本経済が抱える問題点と今後の展望について権教授に話を伺った。

「コロナ禍のように、社会に広く影響を及ぼすようなショックが起きたとき、最も問題となるのは格差が生まれることです。もともと経済的に余裕がある層にはさほど影響はありませんが、生活基盤が十分でない社会的弱者には大きな影響を及ぼします。また、非正規雇用者の契約解除や賃金削減が問題となっている雇用形態の違いによる格差や、経済の中心である東京と地方との格差、在宅勤務に柔軟に対応できる大企業とそうではない小規模事業者との格差など、さまざまなひずみが生じています」

こうした被害層に対する政策として打ち出されたのが「Go To トラベル」や「Go To Eat」だった。

「感染の危険も加味しての実施でしたが、感染者数の増加により中止されて以降、経済面での施策は選択肢がほとんどない状況です。非常に難しい局面ですが、政策的なサポートが不可欠なことは間違いありません」

依然として先行きの不透明感が強い状況だが、コロナ禍を契機として新たな展開の広がりが見込めるのが、在宅勤務やテレワークといった新しい働き方だ。

在宅勤務で住環境も変わる

「コロナ禍で大きく変化したことの一つに、在宅勤務があります。これまでもたびたび、労働時間や勤務場所に裁量があるような『柔軟な働き方』が議論されてきましたが、日本では実現できずにきました。それがコロナ禍で、一気に導入されるようになったのです」

やらざるを得ない状況で始まったため、十分な準備を整えられなかったという見方もあるが「こうした機会がなければ実現できなかったのではないか」と権教授は推察する。

「在宅勤務は長い通勤時間が不要になるなど、労働者の立場から見ると良い面も多く、満足度や生産性が上がるという研究結果も出ています。一方で、在宅勤務ができない職種もあります」

図表:職種ごとの在宅勤務の実行可能性指数
数字は職業分類ごとの在宅勤務可能な職種の割合を示しており、1に近いほどより多くの職種で在宅勤務が可能であることを示している。
※Dingel and Neiman(2020)のデータをもとに作成(荻島駿・権赫旭)

権教授らがまとめた在宅勤務可能な職種の割合(上図表)を見ると、建設業や農林水産業、生産工程といった現業の職種やサービス業では在宅勤務が難しいことが分かる。

また、在宅勤務が可能か否かや、生産性の高さは個々人の住環境に左右される部分も多い。例えば、自宅が狭く仕事のスペースが確保できない、小さな子どもがいて集中できないなどの理由で労働者の満足度が下がるという。

「テレワークでどこにいても仕事ができるとなれば、通勤時間短縮のために狭くても都心に住むという考え方が変わり、郊外や地方へ住まいを移す人も増えるでしょう。『在宅勤務ができる住宅』をキーワードに新たな建築ムーブメントが起こる可能性もあります。また、人口が分散すれば、現在は都心に集中している物流サービスが郊外でも充実し、不便なく暮らせる環境が整って地域格差も減少します」

こんな時代だからこそ新しいことにチャレンジを

企業の立場から見ても、在宅勤務にはメリットがある。広いオフィスを構える必要がなくなりランニングコストが下がるという点もその一つだ。権教授が勧めるのは「社員は在宅でリモートワークをし、重要な決定や調整、ディスカッションだけオフィスで行う」というスタイルだ。「会社の雰囲気が変われば新しい可能性が生まれる。こんな状況だからこそ、新しい働き方やライフスタイルをどんどん試していくべきだ」と強調する。

「世界からは、『日本は既存のやり方を変えない国だ』と言われています。日本は、働き方も教育の仕方も全て過去のやり方を踏襲してきましたが、このコロナ禍がそれを変えるきっかけになったのはとても良いことです。経済学ではこれを*『創造的破壊』と言います。新しく良いものが登場し、古いものが淘とう汰たされるといった新陳代謝が、これまでの日本にはなかったのです」

中国でも、かつて国家的な危機をきっかけに業績を大きく伸ばした企業があった。それが、EC事業、決済事業から物流まで幅広く手掛けるアリババだ。

「2003年に中国で起こったSARS危機の際、アリババはいち早く社員全員が在宅勤務できる環境を整え、これを契機にICTビジネスに着目しました。その後、大きな躍進を遂げ、今や中国のトップ企業にまで上り詰めたのです。おびえているだけでなく、前向きに行動を起こしていくことの大切さが分かる好例です」

*創造的破壊……オーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950年)が提唱した経済用語。

第4次産業革命の遅れを取り戻す契機に

今後日本が注力すべき分野として権教授が挙げるのは、IT関連分野だ。

「近年『第4次産業革命』『デジタルトランスフォーメーション』という言葉が使われるようになりましたが、IT活用の分野では、日本はかなりの遅れをとっています」

コロナ禍の自粛生活で、多くの消費活動を自宅で行うようになったが、フードデリバリーは「ウーバーイーツ」、買い物は「アマゾン」、映画は「ネットフリックス」、動画は「ユーチューブ」、SNSは「インスタグラム」や「フェイスブック」と、そのほとんどがアメリカの企業だ。「これこそが日本経済の低迷を象徴するもの」と権教授は話す。

「江戸時代の開国以降、日本は欧米の技術をキャッチアップして産業革命を実現させました。同じように、今こそキャッチアップをするいい機会だと思うのです。コロナ禍で変化が終わったのではなく、今が『変化の始まり』だと捉えて前進してほしいと思います」