いま必要なのは教職員の大量増員
文理学部教育学科 広田 照幸教授
未知のウイルスの存在が確認されてからはや1年。
新型コロナウイルスの感染拡大はいまだ収束の兆しが見えず、政治、経済、社会、教育、文化、コミュニケーションなど人間活動を構成するあらゆる分野に、長期間にわたり影響を及ぼし続けている。
私たちはコロナ禍をいかに生き、未来への教訓としていけばいいのか──。教育の側面からその指針を模索するため、広田照幸教授(文理学部)に話を伺った。
文理学部教育学科 広田照幸 教授
1959年生まれ。83年東京大学教育学部卒業。88年東京大学大学院教育学研究科修了。南山大学文学部助教授、東京大学大学院教育学研究科教授などを経て、2006年より現職。1997年に『陸軍将校の教育社会史』(世織書房)でサントリー文芸賞受賞。2015年に日本教育学会会長に就任。専門は教育社会学、教育史、社会史。著書に『思考のフロンティア 教育』(岩波書店)、『格差・秩序不安と教育』(世織書房)、『教育は何をなすべきか―能力・職業・市民―』(岩波書店)など多数
長引くコロナ禍で、いま学校が抱える問題は何なのか、日本教育学会会長を務める広田照幸教授に話を伺った。
コロナ禍で学校が受けた一番大きなダメージは、長期の休校で予定通り教育を行うことができず、学習の遅れが出てしまったこと、そして、3密を避けるといった新しい生活様式に対応するために教え方を変えたり、検温・消毒などを行ったり、新たな業務が一気に発生したことです」
学習の遅れに関しては、2020年5月に政府から9月入学論が浮上した。
「まるで思い付きのような案でした。日本教育学会でもさまざまな検討を重ねましたが、費用が6~7兆円かかるわりに、教育の質は変わらない。学校の大変さがより深刻になるだけだという結果が出たため、拙速な導入は避けるべきだという意見表明を学会として行いました」
結果、9月入学論は立ち消えとなった。
そしていま本当に必要なのは「学校が膨大な業務をこなすための態勢をつくること」だと広田教授は話す。具体的に示されている策は、教員10万人、職員13万人の思い切った増員だ。
公立小中学校の現在の学級上限は40人(小学1年のみ35人)だが、30人学級が実現できれば、二つのメリットがある。一つは3密の回避になること、もう一つは、子ども一人ひとりに教職員の目が行き届き、個別の学習サポートや心のケアが可能になるということだ。
「2020年6月頃から、教育実行再生会議や文部科学省でようやく30人学級が議論され始めましたが、財務省の壁が厚い中、やっと小学校だけ35人学級化が認められました」
財務省は明確な根拠(エビデンス)を示さなければ予算増に応じないというが、文科省の強い働き掛けで、21年度政府予算では、ようやく部分的に増員が認められた。
だが、本当に必要な教職員の人数には、残念ながらまだほど遠い。
「小中高とも、緊急で人を増やさなければ大変な状況です。2カ月の休校期間を考えると、全体的な学習の遅れはもちろん、学力格差の問題も考えなければなりません。長期的には、集団的に学力補充をしながら、個別の学力補充やサポートを行うことも必要です。学習の遅れは何年もかけて取り戻すことになるのです」
小学校のみ35人定員化が認められた。しかし、30人以上の学級が6割を占める中学校は改善されないし、多忙化問題は放置されたままだ。
「コロナ禍以前から、教員の超過勤務は長く問題視されてきました(下図表)。しかし、2019年には教職員の変形労働時間制が可決され、1日7時間45分までだった労働時間が、10時間まで引き延ばされることも可能になってしまった。コロナ禍が発生する前の時点で、すでに教職員は残業手当も支払われない善意の長時間労働で、なんとか学校の日常業務を支えるという構図になっていたのです」
教員の時間管理の枠組みができたのは今から50年前、1971年のこと。「給特法」で定められた教員の給与は、教員の職務の特殊性という理由で、毎月手当として基本給の4%を払う代わりに、時間外手当は支給しないというものだ。
「70年代は、学校の先生にまだ余裕があった時代でした。『チョーク&トーク』で集団学習をすればよかったからです。ところが、89年の学習指導要領改訂あたりから、文部省は『個性重視の原則』を打ち出し、生徒一人ひとりが考え、表現する教育をするようにと方針を切り替えました。さらに、不登校やいじめ問題をきっかけに、個々の生徒のケアにも気を配ることが求められたのです。
しかし、教職員定数の抜本的な改善はなされませんでした。『もっと丁寧に教育をするように』と言いつつ、増員はされてこなかったのですから学校の先生は大変な苦労をしているわけです」
2016年、文部科学省が公表した教員勤務実態調査の一部。小学校教員が、各時間帯にどんな活動を行っているかが示されている。これを見ると、授業の合間に生徒指導や事務仕事を行い、放課後は職員会議や保護者対応を行った後、ようやく翌日の授業準備に取り掛かっている。勤務時間内に翌日の準備ができない先生も多い。中学校の教員は、部活動指導のボリュームが大きくなるため、さらに過酷になる。
中央教育審議会「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」(2019年1月25日)
審議関係参考資料(14/17)【教員勤務実態調査関係資料5】
明治期以降、日本の教育は「一斉授業」でいかに効果的に学習させるかについての技術を磨いてきた。これまで教育のICT化が進まなかったのは、ICT機器よりも教員の「チョーク&トーク」のほうが優れていたからだという見方もある。また、集団学習に偏っていたために、一人ひとりの子どもに寄り添い、丁寧に手をかける教育が進められていなかったという側面もあるという。
ポスト・コロナを見据えて広田教授が考えるのは、コロナ前よりも進化するための学校改革だ。
「コロナ禍を契機に、学校教育の在り方を変えること、例えば、少人数でのグループ学習を増やしたり、専任教員を増やしたりすることで個別対応が手厚くできる環境を整えるとった改革で、日本の学校をバージョンアップしていくべきだと思います。
小学校の35人学級化は、そのための重要な一歩ですが、歩幅が小さすぎです。現場の質的な充実にはほど遠い。中学高校も含めた教職員の大量増員こそ、いま必要なことなのです」