【研究者紹介】
自分で考える楽しさが哲学の醍醐味

通信教育部 中澤 瞳 准教授

研究
2021年05月13日

「フェミニスト現象学」の貴重な研究者。出版、講演、映画評論と精力的に活動

日本でも近年、知られ始めた哲学の潮流「フェミニスト現象学」。中澤瞳准教授は、その数少ない貴重な研究者だ。一般向けの入門書を出版したり、学会のシンポジウムで講演したりと、この潮流の研究・発展に精力的に取り組んでいる。新進映画監督の作品を哲学的に論評するなど、活動の幅も広い。通信教育部では「自分で考える楽しさが哲学の醍醐味(だいごみ)」と、熱心に学生を指導している。

日本初の入門書

通信教育部 中澤 瞳 准教授

通信教育部 中澤 瞳 准教授

日本で初めて、フェミニスト現象学をメインテーマにした哲学書「フェミニスト現象学入門~経験から『普通』を問い直す~」(ナカニシヤ出版、2,420円)。中澤准教授が仲間の研究者3人と編者を務め、出版にこぎ着けた。この種の哲学書としては売れ行き好調で、2020年6月に初版第1刷が出たばかりなのに、早くも続編の発行計画が具体化している。

中澤准教授は、20年11月下旬に開催された日本現象学会の研究大会シンポジウムでも、フェミニスト現象学について講演し、注目を集めた。

フェミニスト現象学は、フェミニズムと現象学が融合したようなジャンル。一般的に、フェミニズムは女性の社会、政治、法律上の権利拡張を主張する考え方。現象学は、抽象的な論理的思考でなく、現実の経験を具体的に記述する哲学、などと言われている。

中澤准教授の定義によると「フェミニズムは、現実に体験され、生きづらさのもととなっている性差別の構造はもとより、その他のさまざまな差別を生み出す規範や制度の批判、解体を射程に収める領域横断的な思想。現象学は、日常的な経験についての一人称の記述から出発する。素朴な経験についての記述を通して、世界との根源的な関わり方を明るみに出すことを目指す」という。

きっかけは副読本

科学研究費助成事業の発表会

科学研究費助成事業の発表会

中澤准教授が哲学を志したきっかけは、高校生の時に倫理の授業で、古今東西の哲学者たちを紹介する副読本を読み「面白い人たちがいる」と感じたこと。その中で、17世紀のフランスのデカルトと、18世紀のドイツのカントの2人に引かれた。「特にデカルトの言説にしびれました。もっと勉強したいと思い、本学文理学部の哲学科へ進学しました」

数年後、卒論のテーマを探すうちに、デカルトを強く批判した20世紀のフランスの哲学者で、現象学を発展させたメルロ=ポンティの存在を知った。「哲学の中で、身体は正しい思考を阻害すると考えられてきました。デカルトも理性や知性に重きを置きましたが、メルロ=ポンティは、身体こそが人間の思考に重要だと考えました」。

そして、メルロ=ポンティにデカルト以上の魅力を感じ、卒論のテーマに。大学院でも研究を続け、博士号を取得した。

これまでの研究で、身体を重視するメルロ=ポンティの「現象学的な身体論」に、人種や性別などの視点が欠けていたことが分かり、批判的に捉え直した。また、海外のフェミニズム研究者らが、メルロ=ポンティの身体論を批判していたことなどから、フェミニズムにも大きな関心を持った。

その結果、現象学とフェミニズムを融合させることで、差別を生み出す社会構造を、その中に生きる人間の経験を原点に解きほぐす研究に従事している。

好評の映画評論

月刊誌「ユリイカ」(青土社)が、19年7月号で若手映画監督の山戸結希さんを特集した。中澤准教授は、この特集に「山戸作品における身体―メルロ=ポンティの哲学を糸口に―」と題した評論を寄せた。「登場人物たちは時にネガティブに、時に希望を抱いて身体を語る。山戸作品には、こうした身体を生きる私を見つめる視点がある」と結論付けて、関係者をうならせた。16年8月公開の映画「花芯」(原作・瀬戸内寂聴)では「人生のままならなさ」をキーワードにした哲学的評論で、高い評価を得た。

通信教育部
中澤 瞳(なかざわ・ひとみ)准教授

1999年本学文理学部卒。2011年同大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。東京理科大非常勤講師などを経て15年本学通信教育部助教。18年から同准教授。日本大学哲学会、メルロ=ポンティ・サークル、日本現象学会、日本哲学会などに所属。東京都出身。