【改正法で地球温暖化対策はどう変わるか:Part 1 法律】自治体と企業はCO²削減にどう取り組むべきか

法学部経営法学科 友岡 史仁 教授

研究
2021年10月11日

地球温暖化対策推進法の一部改正案が、今年5月26日に成立した。
同法は1998年に制定されたが、2015年のパリ協定で定めた目標や、昨年の「2050年カーボンニュートラル(脱炭素社会)」宣言を踏まえ、地球温暖化対策の取り組みをより加速させるための改正である。
この改正法によって日本の社会は、市民の生活はどう変わっていくだろうか─。

再生可能エネルギーの加速化を促すための改正

法学部経営法学科 友岡 史仁 教授

法学部経営法学科 友岡 史仁 教授

友岡史仁教授に今回の地球温暖化対策推進法改正のポイントを解説願った。再生可能エネルギーの推進が、改正法のメインテーマだと友岡教授は言う。

「東日本大震災以降の10年間、原子力発電所がなかなか再稼働に至らない中、大規模電源として火力発電所を設置して補ってきました。それ以前から再生可能エネルギーの利用を促進してきており技術は進んでいるのですが、元々が小規模電源であることもあってその割合が増えていません。その間、2015年にパリ協定*が締結され、昨年誕生した菅政権がカーボンニュートラル*政策を前面に押し出しました。それに対応して再生可能エネルギーの推進を加速化していく必要があるということで、今回の改正が行われたと位置づけられます。そういう意味では前向きな改正だと評価できます」

地球温暖化をもたらす温室効果ガスの中で、最も及ぼす影響が大きいのが二酸化炭素(CO²)で、他にもメタンなどがある。世界中で使われているエネルギー源(1次エネルギー)には、大きく分けて化石燃料(石炭、石油、天然ガス)、原子力、そして再生可能エネルギーがあり、それらを電気や熱に変え、あるいは燃料として使っている。化石燃料を使えば必ずCO²が出るので、その割合を減らしていかなければならない。

そこで期待されるのが、太陽光や風力に代表される再生可能エネルギーである。だが、1次エネルギー源の中に占めるその割合は、日本ではまだ12%しかない(2018年度)。2012年にはFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)が実施されたが、もともと再生可能エネルギーは、火力や原子力とは違って分散型であり小規模であることもあって、大きくは進んでいないのが現状だ。

今回の法改正がそれを克服し割合を増やしていくための、あるいはそういう認識を改めるきっかけになるのだろうか。

*パリ協定とは
2015年に採択された、気候変動問題に関する国際的な枠組み。産業革命前からの平均気温上昇を2℃より十分低く保ち、1.5℃未満に抑える努力をするという目標が示された。すでに1880年から2012年までに0.85℃上昇したというデータがあり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)という専門家による国際的な機構は、「どれだけ温度が上がるかは、産業革命以後に出したCO²の累積排出量に比例する」という見解を示している。目標実現のためには、世界中であとどのくらいCO²を出せるかの上限が決まっている。

*カーボンニュートラルとは
温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにすること。排出量から森林などによる吸収量を差し引いてゼロにすることを意味する。2020年10月に菅義偉内閣総理大臣が所信表明演説で2050年までの実現を目指すと宣言した。

自治体ごとに目標を設定、手続きも簡素化される

経済産業省資源エネルギー庁『日本のエネルギー2020』のグラフ

経済産業省資源エネルギー庁『日本のエネルギー2020』より

改正内容を大きく分けると、一つは地域の脱炭素化の促進、もう一つは企業の脱炭素経営の促進である。

改正前の法律にもあったが、都道府県および市町村は、温室効果ガス排出量削減のための計画を策定することになっており、その具体的な施策として①再生可能エネルギーの利用促進②事業者・住民の削減活動推進③地域環境の整備④循環型社会の形成─が挙げられている。改正法ではそれに加え具体的な目標や基準の設定が求められている。

「自治体がコミットしていくことが大切です。各自治体の意欲も気になるところですし、この実行計画の中身を、今後どのように制度設計していくかが課題になると思います」

友岡教授が注目するのは、それらを定める場合に「住民その他の利害関係者や関係地方公共団体の意見聴取や協議会における協議が必要」とされたことだ。

「たとえばメガソーラーを設置する場合に、森林を伐採して景観が変わるといったことが起こります。災害につながる可能性もあるかもしれない。民間企業もビジネスになると思って参入してくるのですが、新しいものが入ってくればトラブルは付きものです。そういった面で住民の合意を形成することが今までうまくいっていなかったので、意見聴取や協議会によって意思形成を図りましょうという趣旨だと思います。しかし、この改正法によって根本的に変わるかといったら、私は依然として難しいと考えます。事業者が周辺の住民の意思をきちんとくみ取るような形で、自治体とも協議しながら進められるかどうかが課題です」

もう一つ大きく変わるのは、脱炭素化促進事業の認定手続きの簡素化である。地域脱炭素化促進事業を行おうとする者は、事業計画を作成し市町村の認定を受けることができるが、実際に事業を行う場合、他の法律も一つずつクリアする必要があり、手続きが非常に複雑だった。たとえば森林を伐採するには森林法、農地を転用するには農地法がある。地熱発電などでは自然公園法や温泉法が壁になる。それらの法律をクリアして許可を得るための手続きがワンストップ化(一回の手続きで許可が下りるようにする)された。

しかし、友岡教授はこう評価する。
「ワンストップ化というのは、要するに手続きの簡素化です。では中身は変わるでしょうか? それによって事業促進が加速化するかどうかは、今後を見なければいけないと思います」

企業の温室効果ガス排出量がオープンデータ化される

温室効果ガスを減らすには、再生可能エネルギーに移行するだけでなく、さまざまな企業が排出するCO²を減らしていくことが必要だ。企業の脱炭素経営促進のため、今回の改正法で大きく変わったのは電子システムの導入である。

これまでも企業の温室効果ガス排出量を公表する制度はあったが、紙媒体中心の報告であり、報告から公表まで約2年を要した。また、開示請求の手続きが必要だった。それを電子システムによる報告を原則とし、事業所ごとの排出量を含め全て公表するものとした。友岡教授はこう指摘する。

「公表を義務化するということは、競争事業者を含めそのデータが利用されることになるので、ビジネスの観点からは出したくない情報もあるはずです。しかし、改正法でも権利利益の保護が必要と認められた情報は除くことになります。実際の運用でどこまで保護されるのかによって、この制度自体がうまく機能するかどうかが決まってくると思います」

もう一つ友岡教授が危惧するのは、中小企業が多い日本で小さな事業者もデジタルデータとして出せるような環境づくりだ。新型コロナウイルスのPCR検査結果を保健所が紙のFAXで報告していたことが話題になった。そういう面で中小企業へのアシストを具体的にどうしていくかも課題だという。さらに、「オープンデータにすることで、情報の利活用がとても大事になります。たとえばデータを集めて排出量削減のプランニングができるというような可能性があります。システム的に情報がオープンにされたからいいというわけではなく、それが活用できるような情報媒体にしていくことが大事だと思います」

CO²排出量が多いことが公表されると、その企業のイメージにも影響があるだろう。だがそういった業者を指導する、罰則を課すというところまではこの法律はカバーしていない。後述する「カーボンプライシング」などが検討されているが、現時点でそのような厳格な規制をすれば経済活動のかなりの部分に影響する
可能性はある、と友岡教授は言う。

脱炭素化社会実現のためには、これからの制度設計が重要

この法改正は一般市民の生活にも関わってくる。再生可能エネルギーがもっと増えれば電源が多様化する。原子力発電所があまり稼働せず、火力発電所が老朽化していけば、それを補わなければならない。だが再生可能エネルギーは前述のように小規模であり、現状ではそこまでの出力容量がない。だからこれからは地域ごとに電源をつくっていく“地産地消”の考え方になっていく、と友岡教授は予測する。しかし、小規模発電だとどうしてもコスト増になるので、将来電気代が高くなる可能性も大いにあるという。

温室効果ガスの削減は世界的な問題である。中国などは火力発電所を多く造ってCO²を大量に排出しているし、新興国も同様である。ヨーロッパでも原子力発電に頼っている国もある。CO²を出さないがリスクのある原子力をどう位置づけていくかも、避けて通れないテーマだ。

今回の法改正は日本の脱炭素化の歩みを速めることに寄与するだろうか。そして、2050年にカーボンニュートラルを実現することは可能だと友岡教授は考えているのだろうか?

「寄与するように期待したいです。自治体レベルで事業促進できるかどうかが大切ですし、それを国が後押ししていくことが必要です。(2050年のカーボンニュートラルは)非常に高い目標としてあると思います。現時点において、化石燃料を利用してきた生活からどれくらい脱皮できるかという問題や、原子力をどう位置づけるかという問題もあります。再生可能エネルギーについて、周囲の問題も含めて今後の制度設計がどれくらいできるかが重要だと思っています」

<プロフィール>

法学部経営法学科
友岡 史仁(ともおか ふみと)教授

1973年和歌山県生まれ。慶應義塾大法学部卒。同大大学院法学研究科博士課程修了。2003年に本学法学部専任講師に就任、13年に教授。早稲田大非常勤講師、日本エネルギー法研究所研究部長なども兼務。公法学、新領域法学、社会法学、環境政策などを研究分野とし、行政法、環境法、構造改革、規制緩和、エネルギーなどのテーマに取り組んでいる。