【研究者紹介】
大地震後も継続利用可能な建築構造技術の研究

理工学部 北嶋 圭二 教授

研究
2019年11月20日

実社会での経験と実績を生かして学生を指導。外部からの受託研究を卒論、修論のテーマに

北嶋 圭二 教授

理工学部 北嶋 圭二 教授

昨春、創設40周年を迎えた理工学部海洋建築工学科。同学科の卒業生(5期生)で、現在は12代目の教室主任を務める北嶋教授だが、これまで教職一筋の人生を歩んできたわけではない。

元々はスポーツ少年だった。市立習志野高時代はサッカー部に所属し、レギュラー選手として国体やインターハイに出場。当初は強豪サッカー部を有する体育会系大学を目指したがかなわず、「以前から興味があった」建築を学ぶべく方向転換。当時の自宅からほど近い本学習志野キャンパスに新設されて間もない海洋建築工学科への進学を決めたという。

卒業後は中堅ゼネコンの青木建設(現・青木あすなろ建設)に入社。施工管理の仕事に従事した後に研究所配属となり、実社会で新たな耐震構造システムの研究開発などに携わった。

20代半ばの頃、社会人大学院制度を利用して学位を取得。会社勤務の傍ら、千葉大工学部や本学大学院理工学研究科で非常勤講師を務めていたこともあるそうだが、勤続27年、後年は技術研究所の所長にまで昇進した会社でのキャリアを捨て、教職一本に転じたのは7年前のこと。本人は「会社で言ったら、まだまだ新入社員ですよ」と笑う。

実用化が前提の研究

だが、「会社の研究所時代にいろいろ特許も取ったし、その中でかなり広まった技術もあります」という実社会での経験と実績こそが北嶋教授の強みでもある。耐震構造システムの研究が専門で、かつて阪神淡路大震災が発生した際には恩師の安達洋教授(現・名誉教授)らとともに制震補強技術の開発・実用化に急ぎ取り組んだ。

「建築基準法が定める耐震の最低基準は『つぶれない』こと。地震で建物がつぶれて人が死なないようにしなさいということですが、われわれは大地震後も建物を安心して継続利用可能にする技術を世に広めようという使命感を持って研究開発に取り組んでいます。それも『いいものを安く作れるようにしよう』というスタンスで。普通、高性能の技術は高くつきますが、安くないと世に広まりませんから」

実用化を前提とした研究となれば、当然学生の士気も上がる。習志野キャンパス内には圧縮30MN、引張10MNの大型構造物試験機などを備えた試験センターが併設されているが、そこで行われる外部からの受託研究を卒業論文、修士論文のテーマにすることも多いという。

「モノ作りは誠実に」

左端が北嶋教授。千葉・白子合宿でゼミ生と撮影

千葉・白子合宿でゼミ生と。左端が北嶋教授

「海洋建築といえば土木工事が主体ですが、建築エンジニアも進出すべきだという考えでできたのがこの学科です。たとえば洋上風車や石油掘削リグなどを作る時に必要な作業基地を建築アプローチで作ったりするわけです。以前、日本の湾岸はほとんどが工業地帯でしたが、一般の人もアクセスできるように開発が進みました」

ちなみに、ウォーターフロント(水際の地域)という用語は同学科から生まれたものだそうだ。

北嶋教授は「後進に伝えたいことがあって(母校に)戻ってきた」という。
「モノ作りには誠実に、責任を持って取り組まなければいけません。通常は決められた図面通りに作るというのが建築のスタンスですが、そこに新しいアイデアや創意工夫を加えることが必要だという信念をもってやらないと。そんなことを次世代の学生に伝えたいし、大学内での小さな成功体験でも持って社会に出てもらえば、ずいぶん違うんじゃないかと思うのです」

創設から40年が経ち、北嶋教授が指導を受けた恩師たちも順次リタイア。過渡期にある学科を引き継いだ同教授は、そうした〝建築工学者マインド〟を後世にまでつなぐため、精力的な日々を送っている。

理工学部
北嶋 圭二(きたじま・けいじ)教授

本学理工学部海洋建築工学科卒。
昭和61年青木建設(現・青木あすなろ建設)入社。平成6年本学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。24年助教として本学の卒業学科に赴任。准教授を経て29年10月から現職。
主な研究分野は海洋建築構造、耐震・制震・免震。東京都出身。56歳。