明治22年(1889)10月4日、時の司法大臣山田顕義と宮﨑道三郎・金子堅太郎など11名の若手学者の尽力により、日本大学の前身である日本法律学校が誕生しました。欧米諸国の法律を教える法律学校がほとんどだった当時、日本法律を教授する学校の誕生は、大いに独自性を発揮しました。創立当初は飯田町(現飯田橋)にあった皇典講究所を借りて開講されました。