わが国政治研究の「穴」埋める立法過程の研究
法学部 岩井奉信教授
| 面白い対象・小泉政権 政治改革の要は国会改革 「立法過程」―。読んで字のごとく,国会を舞台に法律が作られていくプロセスを花びらの一枚一枚をはがすように観察し,議員集団の政治行動を解き明かすことが公共政策論専攻・岩井奉信教授の主たる研究テーマである。 「憲法論議というと第9条(戦争の放棄)の議論ばかりですが,今,一番切実なのは国会改革です。これなくして政治改革は絶対にありえない」。教壇のみならずメディアや国会議員の勉強会を通して永田町に打ち鳴らす警鐘には,研究者の分限を堅持しつつ,自らの信ずるところを説く政治学者の本懐がにじむ。 「議会を民主主義の中心的な存在に位置づけながら,実のところ教科書的記述以上には議会や立法過程の研究が行なわれてこなかった」「体系的で実証的な分析は皆無に等しく,わが国の政治学者の責任が問われても仕方がない」(自著「立法過程」,現代政治学叢書から)。15年前,心血を注いで書き上げた著書のはしがきには檄文の趣さえ漂う。それは,かつて革新あるいは保守の側からのイデオロギー的接近に終始した学者層と明らかな一線を画する「脱ステロタイプ」宣言だ。 法案賛成率を調査 日本の政治研究の「穴」を埋める使命を自らに課した岩井教授の視座は,国会とその主役である国会議員の動向を中軸に据えた上で,議員の立法行動と濃密に絡む党組織,官僚,圧力団体,メディア,選挙分析,有権者心理に及ぶ。著書「立法過程」には次のようなくだりもある。「野党が何でも反対と思われているのは,与野党対決法案の国会審議がマスコミなどを通じてクローズアップされるからだ」 その根拠は,一九六五年から八七年に至る内閣提出法案に対する野党の決して低くはない賛成率(例=社会党67・8%,共産39・9%)にある。と同時にこの間の法案賛成率の推移は,野党との対決姿勢が際立った佐藤内閣と中曽根内閣を除けば高いのである。「野党は何でも反対」と決め付けがちな世間一般から距離を置き,冷厳な数字を地道に拾い続けてはじめて立法府の本当の姿が浮かびあがったのであり,民主主義の要としての役割も数量的,実証的に再認識されたといえよう。 政治家の言動やマスコミ報道には誇張があって,必ずしも政治の本質や重大な変化を正確に映しているわけでない。まして「国会が形骸化している」とその存在を軽く見る風潮はいただけない。岩井教授が学窓から求めるのは,増幅を適切に割り引く「有権者のクールな目」を醸成し,政治的無関心の幼児性から脱却して政治と国会をしっかり見守る国民層の増加である。 「叢書(そうしょ)世代」。学生時代,騒然とした70年安保の政治状況に身を置き,とらわれのない目で事象を探求する岩井教授ら団塊世代の学者グループは,時にこう呼ばれる。「正直,後輩には少し不満です。数量分析などは優秀ですが,立法過程を透明にすることによって,日本の民主主義を健全に成熟させていく問題意識がどこまであるのでしょうか」。あえての苦言は55年体制時代の発想や,政治家個人のオーラの輝きではとらえきれなくなった政治権力のダイナミズムを検証する作業を担う若手に期待するからこそである。 マニフェストを提言 「ご存知でしょうか。中曽根内閣以来20年の長きに渡った日本政府のアジア重視政策をアメリカ重視に転換したのが小泉首相なのですよ」。今年7月20日,岩井教授が教壇に立った法学部オープンキャンパス模擬授業のさわりである。かつてのロン・ヤス(レーガン,中曽根)のパフォーマンスを「蜜月」と思い込むのは浅はかそのもの。対米外交の表面でなく深層海流の変化を読み取ることで小泉本格親米政権の謎が解けるとの指摘だ。自民総裁選圧勝とその後の安倍幹事長抜擢人事の妙,60%を越す新内閣支持率の高さ。研究者冥利につきるほど小泉政治の底流分析は未知の興味に満ちている。 「小泉政権ほど立法過程研究で面白い対象はない。首相自らの改革意思をここまで与党自民党に抵抗される政権は初めてでしょう。官僚が支え与党自民党が立法化を棟上げしてきた戦後政治の流れが如実に変わってきているのです」。自民党政務調査会が政府予算の大枠を固めていく与党審査と族議員の存在,この既存秩序への首相小泉の切り込みと,小泉人気に挑む民主・自由合従連衡の果てに何が来るのか。今後も票田を「相続」し続けるであろう国会議員二世の群れはどこへ向うのか。 そのキーは良くも悪くも戦後保守政治の異端者小泉政権を発火点として「一国の首相がリーダーシップを発揮しうる立法府の改革が出来るかどうか」に収れんしていく。政権交代の柔軟性も呼び込む各党のマニフェスト(政権公約)比べを研究室から提言し,政治の表舞台に引き出した草分け・岩井教授の研究テーマ「国会改革」は,日本の行く末そのものなのである。 プロフィール 岩井 奉信(いわい・ともあき) 昭和51年本学法学部法律学科卒。56年慶應義塾大学大学院法学研究博士課程修了。58年常磐大学人間科学部専任講師。同助教授、教授を経て平成3年から本学法学部教授。この間、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)、「参議院の将来像を考える有識者懇談会」(議長諮問機関)委員として政治改革への提言や、メディアを通して政治問題への評論活動を続ける。 21世紀臨調委員、社会経済生産性本部評議員、政策研究フォーラム理事。「族議員の研究」「政治資金の研究」など著書多数。東京都出身。53歳。 |