公開シンポジウム「ハートtoハート」開催
「助かる命,助けられる国に」
臓器移植に対する理解を深めてもらおうという本学主催の公開シンポジウム「ハートtoハート」が7月3日,日本大学会館で開かれた。一般市民や学生,医療関係者ら約500人が参加。外国で移植医療に携わる日本人医師や,実際に移植を受けた人たちが体験例などを紹介するとともに,欧米に比べて低いわが国での臓器移植の推進を訴えた。
長男からの生体肝移植の体験を語る河野洋平氏 シンポジウムでは臓器移植の現状や問題点を討論した 「臓器移植の推進を」 支援や法整備訴える シンポジウムは,国際移植者組織のトリオ・ジャパンと桐蔭横浜大学との共催。桐蔭横浜大学にも会場が設けられ,ISDN回線による双方向中継という形で行われた。 瀬在幸安総長の開会のあいさつに続き,肝臓移植を受けた経験を持つ青木慎冶トリオ・ジャパン会長が,自らの体験も盛り込みながらあいさつ。ドイツの心臓病センターで心臓移植に取り組む南和友・本学客員教授が学生たちとのQ&A形式で「脳死とは?」「外国にもドナーカードがあるの?」といった移植についての基本的な疑問などに答えたあと,本学の井上美悠紀理事ら7人の移植体験者や家族が,移植を受けるまでの苦しみ,不安,移植後の生活などについて語った。 この中で,長男の河野太郎衆院議員から生体肝移植を受けた衆院議長の河野洋平さんは「子供たちが肝臓の提供をすると言ってきたが,元気な息子の内臓を切り取ることなど人間としてできないと,親子げんかもした」「長男に孫が生まれると聞き,生きていたいと思ったが,長男の嫁は,生まれてくる子どもの父親がこれから腹を切るということに,大きな不安があっただろう」などと,手術を決断した時の家族の葛藤などを語った。末期の心筋症のためドイツで心臓の移植を受けた石田恵梨佳さんは「いま,おふろに入れるとか,飲みたいときに水が飲めるとか,普通のことに幸せを感じている。日本も早く,助かる命を助けられる国になってほしい」とつらかったころを振り返り,涙を浮かべながら報告した。 また旧東ドイツの50b競歩の5輪金メダリストで,心臓移植を受けたハートヴィッヒ・ガウダーさんは「手術の後の努力も大事。回復がゆっくりしか進まなくても不安にならず,考え方をポジティブに持っていくこと」とアドバイス。本学OGで同じ5輪メダリストの田中ウルヴェ京さん(シンクロナイズドスイミング銅メダル),岩崎恭子さん(200b平泳ぎ金メダル)らも「病気に加え言葉の壁にも苦しみながら外国で手術を待つというのは大変なこと。日本の中での理解が進んでほしいが,患者の方も家族の方も,決して負けないという気持ちを持ち続けてほしい」と支援メッセージを送った。 シンポジウムの最後は,尾本良三埼玉医科大病院長の司会による討論会で,河野太郎さんや南教授らが日本での移植の現状や問題点を指摘。「外国頼みでなく,もっと日本での移植が進むように法律を整備しなければ」「臓器提供者の家族への温かい配慮も必要」「このようなシンポを繰り返し開催し,国民に,政治家に訴えていくことが重要」などの意見が相次いだ。 「移植に関心持とう」爆笑問題もビデオで応援 人気コンビ「爆笑問題」が移植体験談にビデオ出演。ともに芸術学部出身の田中裕二さんと太田光さんの、普段とはひと味違う超マジ<gークに会場はシーンとして聞き入った。 同じ事務所の漫才コンビ、キリングセンスの萩原正人さんが肝硬変末期で余命わずかと宣告されたのは1999年。自暴自棄の萩原さんに「移植手術という治療法があるぞ」と米国での肝・腎臓同時移植を勧めたのが太田さんだった。 「日本の医者はもう駄目だという。インターネットで調べた。萩原は運があったが、アメリカという国は合理的で、移植で助かるんだからどんどんやればいいと考える。日本でももっと設備が整い、意識が高まれば運だよりではなくなる」と太田さん。「日本の提供者は年4、5人、米国では数千人と聞く。日本も早くそうなればいい」と田中さんが応じた。 壇上に上った萩原さんはおなかの大きな手術痕を見せ「(車の)ベンツのマークに似ているでしょう。今は普通の生活をしています。こんなに太りました」。最後に相方とのコントで復帰ぶりを披露した。 |