学部長からのメッセージ

「オールハザード・アプローチ」の視点で、
多様な危機を理論と実践の両面から追究します。

 「災害マネジメント」、「パブリックセキュリティ」、「グローバルセキュリティ」、「情報セキュリティ」の4領域を置く危機管理学部は、「オールハザード・アプローチ」の視点で社会の安全を脅かすあらゆるリスクを研究対象とします。法学と危機管理を融合した危機管理学のカリキュラムを、研究者教員と日本の危機管理の最前線で活躍してきた法務省、国土交通省、警察庁などの官公庁出身の実務家教員が連携して展開します。理論と実践のバランスがとれた教育プログラムで、総合的な危機管理能力を養成するのが特長です。高い志をもって学び、将来、社会のさまざまな分野で危機管理をリードする人材となってくれることを願っています。

危機管理学部長
福田 弥夫 教授

Profile

日本大学大学院法学研究科博士前期課程修了。博士(法学)。八戸大学専任講師、武蔵野大学教授、日本大学法学部教授を経て現職。金融庁自賠責保険審議会委員、日本保険学会理事長なども務める。

 

学祖・山田顕義の理念を受け継ぐ危機管理学部

本学の前身である日本法律学校を創設した学祖・山田顕義は、1844(弘化元)年に現在の山口県萩市に生まれ、14歳で吉田松陰の松下村塾に入門。高杉晋作や伊藤博文をはじめ、維新史に名を残す門下生たちと深く交わり、大きな影響を受けました。後に岩倉使節団の一員となって欧米諸国の先進的な文化を視察した学祖は、軍備拡充よりも教育の普及や法律整備が急務であると確信し、日本を法治国家とするべく近代法の制度設計に邁進。1883(明治16)年から1891(明治24)にかけて司法卿・司法大臣として、明治法典(刑法、刑事・民事訴訟法、民法、商法、裁判所構成法など)の編纂を行い、我が国の“近代法の父”と呼ばれています。

当時、欧米諸国の法律を学ぶことが主流の法学教育に疑問を抱いた学祖は、日本の伝統・慣習・文化を踏まえた法律教育のための学校創立を構想していた宮崎道三郎ら若手法律学者を支援し、自らが所長を務めていた皇典講究所に校舎を借りて、1889(明治22)年に日本法律学校を創立。
幕末の日本が外圧にいかに対処すべきかを考え、明治維新後は国際社会で通用する国家建設を進めた学祖は、日本の近代化の過程で直面した安全保障や危機管理のあり方を法学的な観点から模索したものといえるでしょう。危機管理学は新しい学問領域ですが、その意味で日本大学の起源とも関わる、非常に重要な研究分野だといえます。



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