2019年11月のグランドスラム(GS)大阪大会で優勝を果たし、柔道では男女通じて五輪代表内定第1号となった素根輝選手。今春からは本学スポーツ科学部に籍を置くことになり、心身共に本格的な五輪モードにギアを入れて過ごす“柔道一直線"の日々。子供の頃から夢見てきた最も輝くメダルを手にするために、いま思うこととは。

東京五輪・柔道女子78kg超級の試合が行われるのは2021年7月30日。本番まで残すところ100日余りとなった4月上旬、素根輝選手は福岡県久留米市にある市立南筑高校の柔道場にいた。「五輪までは柔道だけに専念したい」という思いで練習拠点を地元に移して、母校の後輩たちと共に汗を流しながら、その日に備えているのだった。
午後1時半、入念なストレッチで体をほぐした後に始まった練習は、男子部員を相手に乱取りや打ち込み、相手の釣手を切る練習など、ほとんど休みなく続き、みっちり3時間半を費やした。
「柔道着を着た練習では、いま自分に何が必要なのかを考えながらやっています。寝技をやって、打ち込みして、乱取りしてという大体の流れは決めているんですけど、その中にスピード打ち込みを入れてみたり、3人打ち込みを入れてみたりと、臨機応変にメニューを変えています」と、練習に没頭する中で見せる鋭い眼光は消え、にこやかな表情で質問に答える素根選手。「昨年は試合もなく、練習もできない時期があって、モチベーションの維持がとても難しかったですね。ただ、その中でも自分ができることを工夫しながら、考えて練習に取り組めるようになった点では、自分自身が成長できたなと思える期間でした」

練習はすべて自分の力になると信じて

2年前の2019年11月、GS大阪大会の決勝。五輪3大会連続メダリストのオルティス(キューバ)を延長の末に大内刈りで破り優勝。史上最速で五輪代表の座をつかんだ。

2019年11月のGS大阪大会を制して五輪代表を決めた素根選手だったが、2020年はコロナ禍の中で東京五輪延期はもちろん、国際大会への参加もできず、実戦からすっかり遠ざかることになった。
「こんなに試合をしなかったのは初めてで、とても不安な気持ちになりました。今の自分がどの位置にいるのか、どのくらい強くなってるのかが全然分からない状況だったので、その点は非常に苦しかったですね」
何もできない期間は、過去の試合の映像を見ながら戦うイメージを思い描いていたというが、メンタル面での取り組みを問うと「とにかくきつい練習を耐えて耐えて、耐えまくって、ということですかね」という素根選手。「練習は苦しいし、きついし、あまり楽しいと思わないけれど、やればやっただけ必ず自分の力になってくれると思うので、それを信じて取り組んでいます。自分は誰よりも一番練習してきたんだという自信を持って、試合に臨むことを大事にしています」
身長162cmと最重量級では小柄な素根選手にとって、高身長でリーチのある外国人選手への対処が勝利のポイントとなる。2020年12月には、東京での柔道女子代表の全体合宿に参加後、男子の強豪・修徳高へ出稽古に赴き、自らを追い込んだ。同高柔道部のSNSに上げられた動画には、男子選手を14人連続で投げ込むというハードワークをこなす素根選手が映っていた。
「東京で出稽古させていただく時は、普段できない色々なタイプの相手と組めるので、男子選手を相手に海外の大きい選手を想定しながら練習していますし、有意義な時間だと感じます」 
試合への渇望がようやく満たされたのは2021年3月上旬。「とりあえず試合がしたいという思いで出場した」というGSタシケント大会で約1年4ヵ月ぶりに試合の畳の上に立った。メダルを争う有力選手は不在だったが「試合勘を取り戻しつつ、しっかり戦いたい」と試合前に話していた通り、2回戦から準決勝まで、横四方固め、大内刈り、上四方固めと、多彩な技を繰り出してオール一本勝ち。決勝は世界ランク8位のベアトリス・ソウザ選手(ブラジル)と対戦し、相手の指導3による反則勝ちで優勝を決めた。いずれも自分より頭一つほど長身の選手を相手に圧巻の戦いぶりを見せた素根選手は「久しぶりに海外選手の力強さを感じることができました。この経験からまた対策などを考えていけるので、そういう意味でも試合ができてとても良かったと思いますし、いま練習で意識してやっていることを、五輪の舞台でもしっかりと出せるようにしていきたい」と振り返った。
代表内定となって以後、素根選手は記者会見や取材等では必ず「金メダルを獲る」と口にしてきた。周囲からの期待も高まることも含め、自らにプレッシャーを課すことにならないのだろうか。
「プレッシャーというのはあまり感じない方です。試合が近づくと感じないこともないのですが、当日になれば試合だけに集中して、周囲も気にならない。試合に勝つということだけしかなくなるんです」と語る素根選手だが、「それでも…」と続けた。「五輪の直前になれば少しはプレッシャーを感じるようになるのかもしれませんが、それもすべて自分の力に変えて試合に勝つんだと…そういう気持ちで戦っていきたい」と頼もしい。

今は金メダルのことだけを考えている

柔道を始めた小学1年生の頃から「いつか自分も出たいとずっと思っていた」という夢の舞台は、もう間もなく。小学生の頃の作文では「だいたい“オリンピックで金メダルを獲りたい"と書いていました」。改めて抱負を聞くと、自らに言い聞かせるように「五輪で金メダルを獲るというのが私の最大の目標なので絶対に達成したい。出るからには必ず“金"を獲る、今はそのことだけ考えています」と、目を輝かせながら語った素根選手。昨年7月に20歳の誕生日を迎えたが、「気持ち的には何も変わっていないですね。何事も自覚を持ってやっていこうと思うくらいかな」と屈託なく笑う。
最後に五輪が終わったらやりたいことを尋ねると、しばらく考えてからこう答えた。
「金メダルを獲ったとしても、次の大会に向けてやらなくちゃいけないので、ちょっとだけ息抜きをしたら、また練習に向かう感じです」
素根選手はどこまでも、柔道が好きなのだ。

Talks on Tatami

さらに強くなれる環境を求め実業団パーク24柔道部所属となった素根選手。そして、競技人生のその先のキャリアを見据えて本学入学へと導いたのが、五輪メダリストであり、本学女子柔道部監督でもあるスポーツ科学部・北田典子教授。柔道家として、オリンピアンの先輩として、世界の頂点を目指す素根選手に熱いエールを贈った。

日の丸の重みを噛み締めながら自信を持って金メダルを獲りに行きたい

北田 今日、素根選手をはじめ南筑高校柔道部の皆さんの練習を拝見していたら、胸がワクワクしてきました。松尾先生(松尾浩一監督)のご指導の賜物でしょうが、ピリッとした雰囲気の中で、真摯に柔道に向き合って練習をされているなと感じました。
素根 後輩たちも南筑柔道部の伝統を感じながら、しっかりやってくれていると思います。
北田 素根選手の活躍ぶりはずっと注目して見ていましたが、一番印象的だったのは、やはり高校2年生の時の金鷲旗大会決勝(対夙川学院)ですね。先鋒の阿部詩選手(東京五輪52kg級代表)に4人抜きされた後から登場して、阿部選手を含め相手チーム5人にオール一本勝ちして逆転での初優勝…、とにかくすごかった。
素根 あの前年に準決勝で私が負けて3位になり悔しい思いをしたので、今年こそはという思いでした。きつい試合でしたが得たものはたくさんあるので、今でも思い出に残っています。
北田 小学生の頃から柔道を続けてきた素根さんが、柔道を通じて学んできたことは何ですか?
素根 技術的なこともそうですが、一番は礼儀だったり、あきらめないことや努力することだったり、気持ちの部分だと思います。
北田 素根さんは柔道選手としての能力はもちろんだけれど、人としての力もあると感じています。先ほど「20歳になっても変わったことはない」と言っていたけれど、小さい頃から強い責任感と、目標にまっすぐに向かう強い気持ちをぶらさずに柔道に向き合ってきた素根さんにとって、変わらないことが当たり前なのでしょうね。だからこそ、日本代表として今ここにいるんだと思います。
素根 ありがとうございます(笑)。

日本の女子柔道界を引っ張る存在として、さらに進化してほしい

北田 これまで多くの先生方や先輩方と接して、たくさん話をされてきたと思うけれど、特に印象に残っている言葉などはあるかしら?
素根 そうですねぇ、そのつどそのつど声を掛けていただいたのでいろいろありますが、強いて言うなら、高校3年生の皇后杯(全日本女子選手権)の決勝の前に、松尾先生から「輝の練習は質も量も誰にも負けていないんだから」と言っていただいたんです。そのときすごい自信が湧いてきて、強い気持ちで試合に臨めたというのが印象深いですね。今でもその言葉を信じてやっています。
北田 先生の言葉がすぐに自分の力になるというのも、日頃からやるべきことをやってきたという自負があったからだと思います。それにしても昨年、それまでとは練習の環境を変えて五輪に臨むというのは、大きな決断をしましたね。
素根 ただ純粋に「もっと柔道が強くなりたい」という思いで行動し、新しい所属(パーク24)が決まりました。柔道に専念できる環境を与えていただけることになり、感謝しています。その後、北田先生に声を掛けていただき、改めて大学1年生としてスポーツ科学部で学ぶことになりました。スポーツに特化した授業の中には、自分の競技にも生きてくる内容も多くあるので、自分自身の成長に役立てていきたいと思っています。
北田 他の競技のアスリートと話をしたり、交流はあるのかしら?
素根 柔道以外の競技の方とはあまり話をしたことがないですね。その点、スポーツ科学部には同世代でも世界で活躍しているアスリートの方が多くいらっしゃるので、いろいろ聞いてみたいと思っています。(3日前に五輪代表内定を決めた)池江璃花子さんも「すごいなぁ」と思って見てました。機会があればお話をしてみたいとは思いますが、緊張しちゃって…私しゃべれますかね(笑)。
北田 彼女は周りの人が自然と話したくなるような雰囲気を持っているから、大丈夫でしょう(笑)。さて、あと3ヵ月余りで本番を迎えますが、日の丸を背負うというのはどういう気持ちかしら?
素根 個人の戦いですが、国を代表して戦うということで身が引き締まりますし、その重みを噛み締めながら戦っていきたいと思います。
北田 私が五輪に出るとき、祖父から教えられたのは「代表選手に選ばれたからには、出られない選手の悔しさや苦しみを背負って闘っていることを忘れてはいけない」ということでした。素根さんの言葉を聞くと、そこをわかっていると感じます。素根さんにはこれから先、まだまだ大きな可能性が広がっていると思うけれど、柔道家として目指すところはありますか?
素根 いえ、まだハッキリとしたものは見えていませんね。まずは目の前のこと、東京五輪で金メダルを獲ることしか考えていません。今はそれが一番の目標なので。
北田 「メダルを獲る」ではなく「金メダルを獲る」と言えるところが、とても大事ですね。素根さんの場合、在学中に2024年のパリ五輪があるし、その次のロサンゼルス大会だって狙えると思う。それだけの力があると私は信じています。この4年間で柔道家としての進化はもちろん、人間力を磨いて大きく成長してほしい。そして将来は日本の女子柔道界を引っ張っていく存在になってほしいと願っています。
素根 はい、精進していきますので、ご指導のほどよろしくお願いします。

プロフィール

Akira SONE ​[そね・あきら]

2000年生まれ。福岡県出身。久留米市立南筑高卒。中学3年で出場した世界カデ大会70kg超級で優勝したのを皮切りに、国内外の大会で表彰台に昇る。全日本選抜体重別3連覇、全日本女子2連覇ほか、'18年はアジア大会、ワールドマスターズを制覇し、'19年の世界選手権(東京)は初出場初優勝。'21年3月のGSタシケント大会でも優勝。得意技は大内刈り、体落とし。 

Noriko KITADA ​[きただ・のりこ]

1966年生まれ。東京都出身。旧姓・持田。'86年に福岡国際柔道61kg以下級で優勝を飾り、'87年は世界選手権61kg級で銅メダル。翌'88年のソウル五輪でも公開競技ながら61kg級で銅メダルを獲得した。現役引退後は全日本女子チームや実業団チームのコーチを務め、恵本裕子選手を日本女子柔道史上初の金メダリストに育てるなど、手腕を発揮。2016年より本学スポーツ科学部教授、および女子柔道部監督を務める。全日本柔道連盟常務理事。