3年ぶり2回目 全日本柔道選手権 優勝 原沢 久喜 選手

3年ぶり2回目 全日本柔道選手権 優勝 原沢 久喜 選手 3年ぶり2回目 全日本柔道選手権 優勝 原沢 久喜 選手

2020TOKYOへのリスタート。

屈辱の敗戦を味わったあの日から、ちょうど1年。
全日本選手権の大舞台に帰ってきたリオの銀メダリスト原沢久喜選手は、
決勝で宿命のライバルを延長戦の末に破り、3年ぶりの頂点に立った。
オーバートレーニング症候群による心身不調という長いトンネルを抜け出し、
苦しみながらも辿り着いた“涙の復活優勝”。
それは、東京オリンピックへと続く険しい道での再スタート、
悲願の金メダルへの新たな一歩でもあった。

3年ぶり2回目 全日本選手権優勝 原沢久喜

 まさに死闘だった。全日本3連覇を狙う王子谷剛志選手(旭化成)との決勝。力と力、気力と気力、そして意地と意地のぶつかり合いは、実に9分16秒にも及んだ。

 高校時代からライバルとしてしのぎを削り、常に100kg超級日本代表の座を争ってきた2人。2月のグランドスラム・デュッセルドルフ大会決勝で相まみえたが、共に指導3を受けて反則負けとなり両者2位となる屈辱の結末。それだけに、是が非でも勝ちたいという思いは同じで、TVインタビューでも「一番負けたくない相手、何としても3連覇を阻止したい」(原沢選手)、「大きな壁。打ち合いになるので、根負けしないように」(王子谷選手)と互いを意識した言葉を残していた。

 試合が始まる。序盤、「準決勝でスタミナを使い果たしてバテバテだった」という原沢選手は、前に出てくる王子谷選手の強い圧に押されて下がり気味となる。互いに時おり技を見せるも不完全でポイントには至らない。一進一退の中、3分35秒には両者に「指導」が与えられた。

 規定の4分で決着がつかず、またも延長戦に突入すると、王子谷選手が積極的に前に出てくる。1分17秒、原沢選手が見せた内股が外れて両者場外となり「待て」が掛かる。しかし、その声が聞こえなかったのか、棒立ちになった原沢選手を王子谷選手が投げ飛ばす。原沢選手は疲れからか仰向けのまましばらく立ち上がれなかった。

 再開後、互いに奥襟を掴み頭を付けて押し合う。原沢選手が大外掛けを仕掛ければ、次に王子谷選手が大外掛け、それを大外返しで対応する原沢選手。技を掛け合う度に湧き上がる大きな歓声は、相手が耐えるとどよめきに変わる。
 
 2分25秒、原沢選手に2つ目の「指導」が来たが、逆に3分56秒、王子谷選手が技の掛け逃げを取られる。指導2で並び、両者後がなくなった。時計は4分を回り、体力はもう限界。肩で息をする2人にテレビの解説者は「“心のスタミナ”が両者切れそうだ」と叫ぶ。次第に王子谷選手が床につぶれる場面が増え、形勢は逆転した。奥衿を掴んで袖を引くと王子谷選手は足が付いていかずつぶれる。先に立ち上がり待ち構える原沢選手と、激しい消耗でなかなか立てなくなった王子谷選手。原沢選手が気持ちを前に出して捕まえにいき、左足を飛ばすと王子谷選手は堪らずつぶれた。そして延長5分16秒、王子谷選手に3つ目の「指導」が与えられた瞬間、勝負は決した。「最後は記憶がなかった」と、限界を超えて戦った原沢選手の総試合時間は33分22秒だった。

「東京オリンピックに向けて突っ走っていきたい」

礼を終えた後、感極まってこみあげて来るものを堪えるように手を目元にやった原沢選手の姿が印象的だった。

原沢選手

 試合後の優勝インタビュー、原沢選手の表情はやりきった充実感に満ちていた。精根尽き果て、畳にどっしり座り込んでいた王子谷選手の耳に、その声は聞こえていただろうか。

 「今日は調子が悪くて、苦しんで苦しんで戦ってきました。最後は体力もほとんどなく疲労困憊でしたが、気持ちの勝負だと思って…。昨年は成績が出なかったので、ここまで戦えたということに思わず涙がこぼれました。東京オリンピックに出たい一心で戦いました」

 リオ・オリンピック後は苦しい時期が続いた。昨年の全日本は3回戦で絞め技を受けて失神、夏のブダペスト世界選手権は初戦敗退と成績が出ない。やがて心と体のズレが生じて体調を崩す。心拍数が異常に上がり、疲れが抜けなくなった。精密検査の結果は「オーバートレーニング症候群」。世界無差別級選手権への派遣を辞退して稽古を2ヶ月間休み、年明けまで満足な練習ができなかった。夜のスポーツ番組に出演した原沢選手は「あの時期があったから、今日の優勝につながったと思う」と喜びを噛みしめて話す。「ああいう経験ができて逆に良かったのかも。自分の柔道や、自分自身を見つめ直す機会になり、『本当に東京オリンピックを目指したいと思っているのか』と確認する意味ではいい時間だった」と振り返る。心の余裕が戻ってきたように見えた。

 大会後、9月に開かれるバクー世界柔道選手権の100kg超級代表として、小川選手と共に選出された。試合結果で得られる国際ポイントが今後のシード権などに関わってくるため「2年後のオリンピックにつながる重要な大会。力が強い海外の選手を相手に、今日のような力任せの試合をやっていては勝つのが難しい。対策を考えながらやらなければ」と気を引き締める。

 さらに原沢選手は「崖っぷちに身を置いて、自分の力を試してみたい」と、4月末をもって3年間所属した日本中央競馬会を退社し、柔道家としては異例のフリーの身となった。

​ 「JRAの柔道着を着て最後の試合、優勝という結果で恩返しができたと思う」と喜んだ原沢選手。「残り2年、このまま東京オリンピックに向けて突っ走って行けるように、練習でも私生活でもすべてにおいて柔道に賭けていきたい。覚悟を決めて柔道に打ち込みたい」と力強く語った。

手応えを感じた体重別選手権準V。

原沢選手

全日本選手権の3週間前、原沢選手は各階級の日本一を決める全日本選抜柔道体重別選手権(4月8日・9日、福岡国際センター)の100kg超級に出場。1・2回戦は「戦術を練って、それを丁寧にやれた」と、いずれも反則勝ちを収めた。

決勝の相手は、2回戦で王子谷選手を破り勢いに乗る小川雄勢選手(明治大)。「消耗戦になると予想していた」という通り、両者ポイントを奪えないまま延長戦に突入すると、既に指導2つを受けて後がない小川選手が俄然前に出てくる。その勢いに押され気味となった原沢選手に2つ目の「指導」、さらに「一発を狙いすぎて消耗が激しくなってしまった」と、スタミナが尽きかけた延長1分28秒に3つ目の「指導」を受け、逆転の反則負けとなった。

試合後、「相手に対応しすぎた」と話す原沢選手は、悔しさの中にも手応えを感じ取った様子で、「今回はすごく充実した気持ちと練習内容で臨めた。そこが収穫だし、今後も変わらずにやっていきたい」と冷静に振り返った。

「以前の状態に戻ってきていますが、それは結果が出て初めて言えること。まだまだ技術的にも課題がいっぱいある」と前向きに語り、全日本選手権での雪辱を期していた。

Profile

[はらさわ・ひさよし]1992年生まれ。
山口県出身。早鞆高校卒。法学部卒。
日大在学中は2011年の学生体重別選手権、2013年のベルギー国際大会、2014年のグランプリ・青島などで優勝。日本中央競馬会に入社した2015年は、全日本選手権の初優勝を皮切りに柔道グランドスラム3大会で金メダルを獲得。翌2016年もグランドスラム・パリと全日本体重別選手権を制し、国際大会での成績が評価されリオ五輪100kg超級の代表となる。オリンピック決勝では、連覇を狙うリネール選手(フランス)の巧みな試合運びの前に惜しくも銀メダルとなった。今年2月の全日本体重別は2位に終わるが、全日本選手権優勝により、9月のバグー世界柔道選手権100kg超級代表に選出された。4月末でJRAを退社してフリーとなり、東京オリンピックでの金メダルを目指す。