我、プロとして

Vol.6 荻原康弘 氏【後編】
Kisvin Winery代表取締役(1983年農獣医学部畜産学科〔現・生物資源科学部動物資源科学科〕卒)

卒業生
2021年01月15日

勉強したい学生が畑に来てくれていいし、
(中略)必要なら声かけてよ(笑)

醸造所の完成からわずか7年で国内外の評価を高めたKisvin Winery。この軌跡を辿ることができたのは、荻原康弘と彼のかけがえのないパートナーのワインに対する情熱の賜物と言えるだろう。そして「世界一」を目指す2人の想いは、彼らの造るワインやワイナリーの経営方針にもしっかりと表れている。

醸造家との出会い

Kisvin Wineryを語る上で欠かすことのできない人物がいる。

醸造家の斎藤まゆだ。

早稲田大在学中にワインと出合った斎藤は同大を中退後に渡米。カリフォルニア州立大でワイン醸造を学んでいたときに1人の見知らぬおじさんからメールが届いた。荻原だ。

「大学で学んだワイン醸造の記録を斎藤がブログに書いていて、それを読んでいました。ブログには俺の見たいものが全て綴られていて、世界でも有数の産地で醸造経験がある彼女を仲間にしたいと思ってカリフォルニアまで会いに行きましたよ。ナンパですね(笑)」

出会った当初、斎藤は荻原に懐疑の目を向けていた。

しかし、帰国した2009年に塩山のブドウ畑を見て考えを一変させる。

荻原の作るブドウに大きな可能性を感じた彼女はTeam Kisvinに加わることとなった。斎藤はさらにその後、フランス・ブルゴーニュで研鑽を積み、Kisvinの醸造所が完成した2013年に帰国。醸造責任者となった。

「俺の仕事は最高のブドウを作ること。だから収穫後は全て彼女に任せています。醸造に関しては一切口を出しませんよ」

驚くことに荻原がワインを口にすることは少なく、斎藤にテイスティングを促されても断るそうだ。斎藤に全幅の信頼を置いている証であろう。

「醸造についても勉強はしたけど、俺はアマチュアで彼女はプロだから飲む必要はないし、お酒って楽しく飲むものでしょ? ワインを飲むとあれこれ言いたくなっちゃうんだよね、性格的に。仕事上、いろいろなところでワインを勧められるんだけど、それも『ワインアレルギーなんだ』とか言ってほとんど断っちゃう(笑)。もちろんいただくことがないわけじゃないけど、下手なワインを飲むと舌がバカになるから、基本的に飲むのは年に一度行くカリフォルニアでと決めてるんですよ」

Kisvinの名を世界に轟かせたシャルドネ

Kisvinは山梨県甲州市塩山と勝沼地区に5ヘクタールほどの畑を持つ。

そこで赤ワイン用のピノノワールとシラー、ロゼワイン用のジンファンデル、白ワイン用のシャルドネと甲州を育てている。ピノノワールやシャルドネは世界中で栽培されている品種だ。ワイン界の神と呼ばれるソムリエ・故ジェラール・バッセ氏が賞賛したのはシャルドネヴィンテージ2014。

つまりワインを愛する者なら誰もが知る品種で超一流のソムリエから賛辞を受けたということだ。それがいかに稀有な出来事であるか、ワインに疎い人間でも容易に想像できるだろう。

「Kisvinの名を世界に覚えてもらうためには、ピノノワールとシャルドネで勝負できなくてはいけない。そこで興味を持ってもらえれば日本古来のブドウ・甲州の知名度も上がり、注目されると考えています」

醸造所

醸造所

Kisvinの甲州レゼルヴは醸造責任者・斎藤の自信作だ。

一般的にレゼルヴ(レゼルバなどの類似表記あり)とは、一定期間、樽で寝かせて熟成したワインのことを指す。国によってワイン法は異なるが、スペインなどでは熟成期間が定められおり、条件をクリアしなければその名を冠することはできない。

「もちろん日本では法的な意味を持つ言葉ではありません。それでもKisvinでは最高のブドウを最高の仕事をして瓶に詰めたときに『レゼルヴ』と表記しています」

コロナウイルスの影響もあり、残念ながらKisvin Wineryの売店は現在休業中だが、山梨県では勝沼町にある新田商店、東京都内では、いまでや銀座、カーヴドリラックス、その他にインターネットでも購入が可能だ。また、都内外資系ホテルでサービスを受けることもできる。あなたもKisvinの自信作を一度味わってみてはいかがだろうか。

100年後も続くワイナリーに

Kisvin Wineryでは年に約1万5000本のワインを醸造しているが、収穫した全てのブドウを使用している訳ではない。

荻原は早く2万本の醸造を可能にしたいと考えているが、それは新たに畑を作るということではなく、今ある畑を成熟させて収穫量を増やすことを意味している。

そして彼は目標の一つとして「100年後も続くワイナリー」を掲げており、そのためには身の丈に合った経営が大事だと語る。

「畑の設備を整えるためにアウトソーシングをすると2000万円ぐらいはかかるんですけど、そこには当然依頼先の作業費や人件費などが加わりますよね。でもそれを自分たちの手で行えば材料費の400万円で作ることができる。しかもそこで得た技術は1600万円の価値がある。これは目には見えないけど、すごいことでしょ? 他にもロゴ制作やボトルのデザインもしたし、ワイナリーは実家を改装して作りましたよ」

経費は当然価格に反映される。本物のワインをボトルの中に詰めるために、できることは全て自らの手で行う、これはKisvinでは当たり前のことなのだ。荻原のパートナー、斎藤も同じ考えを語っていた。

「ワイナリーもビジネスだから経営を成立させるためのマネープランは重要で、Kisvinでは、まず畑と醸造所という最低限のものにお金を使いました。私が学んだカリフォルニア州立大ではワイン造りだけでなく、ビジネスとしてワイナリーの運営方法も教育していて、それは今でも役立つ価値のある学びです。日本大学さんにもワインの実践的な能力を養える学科を作ってもらえたらうれしいです(笑)」

ワイナリー内の売店にて

ワイナリー内の売店にて

ワイナリーを経営する上ではブランド戦略も欠かせない。1万5000本という限られたワインの卸し先を考えることも重要な要素だ。

「うちのワインを見たことがないなんて言われることもあるけど、どこにでも卸している訳ではないから当然だよね。世界一になるためにはコンクールで一番になるとかもあるけれど、誰もが認めるワインにならなければならない。じゃあ、そういうワインってどのようなレストランやホテルに置いてあって、どのような人たちが口にするのか、それを考えています。そこで認められることで世界一に近づくだろうね」

ワイン用ブドウの栽培から経営まで、荻原は仲間の助けを借りながら、独学で学んだそうだ。そして常に新しい情報を頭に入れ、2~3年前の自身の考えや技術は全否定しなければいけないと考えている。

「今はいいよね。欲しい情報が手に入るし、調べればすぐにわかる。YouTubeなんかでも学術的な動画があるから助かるよ。それでも畑には今も昔も同じ時間が流れているから、トライ&エラーも1年に1回しかできない。だからこそ知識が必要なんだよね」

インタビューの終わりに「勉強したい学生が畑に来てくれていいし、畑でも経営でも講演するから、必要なら声をかけてよ」と笑顔で語った荻原が印象深い。

昭和気質の残る男だからだろうか、少し荒い言葉遣いにも温かさが滲み出ている。

植物にも人間にも分け隔てなく接し、愛することができる荻原の魅力が尽きることはおそらくない。そしてその彼が作るワインだからこそ、人々を魅了することができるのだろう。そう思わずにはいられない。

<プロフィール>
荻原康弘(おぎわら・やすひろ)

1960年1月26日生まれ。1983年農獣医学部畜産学科(現・生物資源科学部動物資源科学科)卒。山梨県出身。代々続くブドウ農家に生まれ、2001年に父・登より家業を継ぐ。
09年農業生産法人株式会社Kisvinを設立。13年自社醸造施設「KisvinWinery」を建設し、ワイン醸造を開始。翌年からワインの販売をスタート。自社畑の充実と丁寧なワイン造りをモットーに、世界水準の品質を目指しクリーンで果実味あふれるワインを生み出している。