銀座の真ん中に作った水田が、スマート農業への第一歩

飯村一樹氏(1997年生産工学部建築工学科卒)
GINZAFARM株式会社代表取締役 【後編】

卒業生
2022年03月14日

銀座から海外へ進出しロボットに行き着く

「地方再生を目指して農家を強くする」ために、飯村氏がまず始めたのが、作物の売買の場づくりだった。農家の人がJA(農協)や中間業者を通さず消費者と対面で直販を行うことで、高品質の作物を、農業者はより高価格で、消費者はより低価格で売買することができる場「マルシェ」の提供を始めたのである。

「農業と関わって分かったのが、農家の方が自分で作物を売るのは難しいということです。自分の家の軒先に置いていてもそんなに売れませんし、ウェブサイトで通販してもなかなかお客さんはつきません」

その構想段階で、出品してもらうため農家に足を運んでも警戒された。当時は農作物を送らせて代金を支払わない通販詐欺なども多発していたからだ。

そこで飯村氏は実に斬新な発想をする。銀座の真ん中に水田を作ったのである。銀座中央通りから1本入った銀座一丁目の場所に、4台分の駐車場を借りてアスファルトをはがし水田にした。2009年のことだ。

1100人の農家にFAXとダイレクトメールなどで事業意欲を伝え、88人から2万5000円ずつプロジェクトに出資してもらった。現在のクラウドファンディングのようなものだ。水田にはその人たち全員の写真と連絡先を掲げ、直接注文できるようにした。

すると出資した農家を中心に、全国の農家の人が仲間を連れて見学に訪れた。これまでは農家に出向いても相手にされなかったのが、銀座に水田を作ったおかげで、全国の農家が名刺交換のために飯村氏を訪れるようになった。そこで知り合った人たちの莫大な名刺の束を持って、東京・有楽町駅前の交通会館にマルシェ用の場所を借りる交渉に行った。それが実り、2010年、「交通会館マルシェ」が開設されたのである。

このマルシェが現在でもGINZAFARMの柱の一つとなっている。常設の交通会館マルシェのほか、大手町、京橋、豊洲などの都心で定期的にマルシェを開いており、住宅地の施設やマンションなどで開催することもある。農家にとっては販売の勉強や新作PRの場所となっており、最近は自治体やメーカーが出品することも多いという。

銀座の水田はマスコミでも紹介され、それがシンガポール進出のきっかけとなった。記事を見たシンガポール政府から、都市農業ができないかと話が持ち掛けられたのだ。さらに3年後にはタイ政府から依頼を受けてタイにも進出。そして、これら海外での経験がスマート農業を目指すきっかけになった。

「シンガポールでトマト農場を運営しているため、定期的に日本から農場長を送り込むのですが、友人がいない海外の農場に1人で行って現地ワーカーと一緒に栽培を続けるのはメンタル的に厳しくて長続きせず、何人も農場長が替わったのです。そのたびに農場管理はゼロからやり直さなければならない。タイの方はさらに山奥だったので、同じことに悩みそうでした。それなら農場長ではなくてデータを取るロボットを送り込もうと考えて、データロボットを開発し始めました。実際に日本式の農業システムは海外の財閥や政府系ファンドから問い合わせが増えていた頃なので、大きなビジネスのうねりを感じていました」

それが2017年のことである。

10年後には月面で農業を

2021年9月に社名を「銀座農園」から「GINZAFARM」に変更した。旧社名は銀座で米作りをした頃のイメージが残っていたが、テクノロジーの会社であることを表に出した。

スマート農業はまだ黎明期だと飯村氏は言う。現在の顧客は自治体や企業が中心で、新規参入を目指す企業も少なくない。NTT東日本と組んでローカル5Gを使ったロボットを開発するほか、イオングループ、四国電力といった企業とも共同で事業を行っている。社員は20名ほどで、インド、フィリピン、タイなどの国籍を持つエンジニアも所属しているが、外部のエンジニアともタッグを組んでいる。社内で全てを開発するのではなく、社外の優秀な人とのパートナーシップや企業との共同プロジェクトで事業拡大を行うというスタイルだ。北米ではこのようなスタートアップが多い。

農業の研究から派生して生まれた、深紫外線によってウイルスを殺菌する「UVバスター」

農業の研究から派生して生まれた、深紫外線によってウイルスを殺菌する「UVバスター」

GINZAFARMの事業は、農業から派生して他の分野にも広がっている。保有する通信技術を応用し、大手薬局と提携して病院から患者の家まで薬を輸送するドローン実験を始めた。ドローンはPCで遠隔操作するため、現地で操作しなくてよいのがメリットだ。

本学医学部との連携プロジェクトも進んでいる。これまでは農業ハウス内で紫外線を照射することで、害虫を除去する研究を進めていた。その過程で新型コロナウイルスが感染拡大したため、その技術を応用し深紫外線によってウイルスを殺菌する「UVバスター」を開発。日本初の紫外線殺菌ロボットとして注目された。

現行の波長の紫外線では人体に影響があるが、もっと短い波長のLEDができればウイルスだけを除去して人体には影響がないものができる。世界でもまだ開発されていないLEDであるため、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からの開発資金を得て、本学医学部を経由し理化学研究所と一緒に共同研究を進めている。そして、研究成果が認められ、2022年4月からは理化学研究所内に飯村氏がチームリーダーとなる研究室が発足することが認可された。これからスタートアップの代表だけでなく、理化学研究所のチームリーダーとして、経営者と研究者の二足の草鞋を履くこととなる。

「カッコよく言えば、社会課題が大きい仕事にやりがいを感じています。あとは自分が興味があるかどうかですね。例えば、人材派遣を手掛ければすぐにもうかるかもしれませんが、興味がないのでやりません。多少稼ぎが悪くても、課題が大きい方が面白いです。自分にとって未来が明るくて楽しいことしか仕事にしたくないですね(笑)」

農業に関する長期的な目標は、なんと「月面農場」だ。これはJAXA(宇宙航空研究開発機構)との共同事業である。

「月面農場のコア技術となる無人農業システムがJAXAに認められ、開発資金をもらいながら東京工業大学、京都大学と共同で1年半ぐらい取り組んできました。非常に面白い研究成果が出たので、第2号のプロトタイプを作っています。北米チームも興味を持っており、月面農場の先が見えたので、あと10年で実現できるかなと思っています」

月には水があることが分かっているため、二酸化炭素を固形化する技術ができれば農業をすることが可能なのだという。これもまた、環境問題の解決にもつながっていきそうな、広がりのあるプロジェクトだ。実際、月面農場に至るまでの中期的な目標として、スマート農業を確立して日本の農業技術をシンガポールやタイだけでなく、暑い国や寒い国、水や光がない所へも持っていくことを考えているのだという。

どんな場所でも農業ができるようになる。銀座の一角で始まった取り組みが、未来の農業へと確実につながっている。

<プロフィール>
飯村 一樹

1974年茨城県生まれ。1997年生産工学部建築工学科卒業。不動産会社、ベンチャー企業での会社勤務を経て、2007年に現在のGINZAFARMの前身である会社を設立。2009年から農業を手掛け、農産物を販売する「マルシェ」と、AIやロボットを取り入れた「スマート農業」を大きな柱として発展させてきた。