我、プロとして

Vol.13 松本将史 氏【中編】
株式会社 能水商店 代表取締役(2001年生物資源科学部海洋生物資源科学科卒)

卒業生
2021年05月14日

ドイツの“デュアルシステム”では、理論学習と現場が確かにつながっていた

能生川岸でふと目にした、放置された遡上サケ。これをどうにか活用しようと始めた高校での授業から、地域振興を期待されるプロジェクトへとなり、雇用も生む「糸魚川版デュアルシステム」へと発展。ここに高校生キャリア教育と水産業の活性化を示すロールモデルが誕生した。中編では、サケ魚醤「最後の一滴」を生み出すに至った、数々のドラマを振り返る。

産学官プロジェクトが始動

「最後の一滴」の名づけの親の生徒たち

「最後の一滴」は生徒たちが名づけの親だ。彼らがメディアに取り上げられることで市外や県外からの入学生が増えた

魚醤の商品化に成功し、メディア露出も図れた「最後の一滴」は、順調に売上を伸ばした。

単純計算すると、単価1,225円(内税)の「最後の一滴」が16,000本売れたなら、それだけでも売上金額は2000万円近くなる。県立高校のクラブ活動で得る売上としては、桁外れに大きく、問題となりそうだ。では、なぜそれが可能になったのか。

松本さんは、産学プロジェクトとして商品化に協力してくれた民間企業だけでなく、これに「官」を加えた、産学官のプロジェクトとすることに、大きな意味があると考えていた。

「試験販売をはじめてから1年ほど経った頃に、能生川に遡上してくるサケ1万匹をすべて利用したときの事業規模を算出してみると、高校生による水産振興や雇用創出など、『最後の一滴』を基幹商品とする製造販売事業所による、ダイナミックな地域振興の可能性がみえてきたんです」

糸魚川市内の高校生キャリア教育と水産業の活性化を示すロールモデルの誕生は、市にとっても魅力あるものだった。

松本さんは動いた。

生徒と糸魚川市農林水産課の職員と一緒に、高校生が働く事業モデルを先んじて展開していた三重県にある「高校レストラン まごの店」を視察に行った。テレビドラマの舞台にもなった、週末に三重県立相可高校の現役高校生たちが料理をふるまう、立派な営利レストランだ。

「ものすごい人気店で、そこで売上ってどう管理しているのか、細かく聞いてみたら、県費と分け、町で管理してたんです。学内ではなく、外でお財布を管理する、かつ、店舗が学校から離れていて、運営費が県費と混ざらなければ、やれるというのを、市役所の皆さんと確信して帰ってきました」

海洋高校には寮を運営管理する同窓会である(一社)能水会がある。松本さんは、海洋高校の一番強力な応援団が法人格を持っている強みを生かして頂きたい、と会長をはじめ理事の方にお願いし、事業参画への承諾をもらった。

商品開発のため半年間大学へ

松本さん

松本さんは、大義名分よりも、日々の積み重ねと周囲が良くなれるかどうかを考え動いてきた

「高校生レストラン」を視察に行った2013年11月には、もう一つの別の視察にも行った。

「(公財)産業教育振興中央会が、ドイツ、スイス、デンマークなどで行われている、マイスター養成の“デュアルシステム”の視察に、全国の農業や水産などの専門高校の教諭を対象に、1週間くらい派遣する『教員海外産業教育事情研修』というのがあって、ぜひ、行ってみたいと思って参加しました」

“デュアルシステム”(Dual system)とは、もともとはドイツで始まったシステムで、学校での教育と職場でのOJT(「On the Job Traininng」略称。新人や未経験者に対して、実務を体験させながら仕事を覚えてもらう教育手法)による職業訓練が同時に受けられる職業教育システムだ。

ドイツの専門高校の生徒は、学校に通いながら訓練生として企業実習を受ける。訓練生はこの期間企業と職業訓練契約を結ぶため、訓練生手当が支給され社会保障制度にも加入できる。ドイツのこのデュアルシステムは、周辺国などでも導入されており、日本でも2004年から、文部科学省と厚生労働省が連携して実施する「日本版デュアルシステム」がスタートした。ただ、専門高校で有効に運用されている実例は一部だけといわれる。

「向こうの高校生は週1日または1日半、学校に行って勉強して、残りは地元の会社でOJTで現場を学んでる。彼らには、仕事をしている時間帯の給料も支払われていて、ベンツあたりの工場で働くと、工業高校生は月収12万円くらいもらえる。理論学習と現場がしっかり繋がっているんですよね、そこが凄いなって思って」

今後必要になるのは、専門高校の生徒たちを社会に出て、即戦力人材として育てるための、こうした現実的なシステムの構築だと、考えた。

完成したサケの魚醤「最後の一滴」

ドイツでは、工業高校の3年生が地元の工務店で自分の机を与えられ、強度計算などの仕事を普通にしていた。場所と仕組みさえあれば人は育つ。松本さんは、現実を目の当たりにした。

日本に帰ってきてすぐに動いたのは、生徒たちが働ける学外の「実物学習の場」だった。

糸魚川市に補助金申請をして、学校の近くの元食品工場を水産加工場として生まれ変わらせ、2015年4月、同窓会である(一社)能水会を事業母体とした「能水商店」が誕生した。

そこで生徒たちは、「製造開発部」「品質管理部」「マーケティング販売部」に分かれ、商品の製造や開発から、微生物試験や新商品の化学分析、ホームページやECサイト運営や、イベント販売までの活動を、担当教員や松本さんの指導の下、週1日実践している。生徒たちがリアルな食品産業に触れ、体験として学び取ることに役立っているという。

学校での学習と企業実習を並行して継続的に行う仕組みである「デュアルシステム」が、地域振興に結び付いた「糸魚川版デュアルシステム」で雇用も生まれた。

現在、社員3人、パート5人の「能水商店」は、松本さんが教員を退職し、経営者として本格的に稼働してからのメンバーだ。

「2015年に『能水商店』をはじめてからの3年間は、教員をしながらでしたから、学校が終わってから夜中まで工場で作業することもありました(笑)。原料の仕入れから、売り先の新規開拓まで、ほぼ全部を一人でやっていましたが、全部楽しかったので苦にはならなかったですね」

生徒たちの成長と、取引先を含めたこの仕事に携わる人々が喜んでくれる商品を作り続けることが、いつしか、松本さんの中で膨らんだ。

「東海大でサケの臭いを研究していたときには、学位を取ろうかと思っていたくらいアカデミックな世界にも惹かれましたが、商人になっちゃいましたね(笑)」

2018年春、松本さんは、教鞭を置いて、自ら創業した株式会社「能水商店」の社長になった。

(後編に続く)

<プロフィール>
松本将史(まつもと・まさふみ)

1978年12月12日、新潟県新潟市生まれ。2001年生物資源科学部海洋生物資源科学科卒。新潟県立巻高校時代は山岳部。本学では、サークル活動で漁業学学術研究部(漁研)に所属し、釣り好き仲間と全国を縦断。
本学卒業後、新潟県立海洋高校の水産教員として赴任。市場価値の低い産卵期サケを有効利用した魚醤「最後の一滴」を(一社)「能水会」(=海洋高校同窓会)として商品化。
2018年、16年間務めた海洋高校を退職し、自ら設立した(株)「能水商店」の代表取締役となる。ドイツ発祥の職業教育制度「デュアルシステム」をモデルとした「糸魚川版デュアルシステム」を考案し、自社で実践している。