工学部「キャンパス強靭化プロジェクト」

研究はいよいよ佳境に、今春にも郡山市長へ最終報告書

学び・教育
2021年03月22日

2019年10月の台風19号被災を契機に発足した工学部のキャンパス強靭化プロジェクトが、大詰めを迎えている。3学科が連携しての共同研究はコロナ禍で足踏みする場面もあったが、残された課題の解決に向けてより一層、拍車が掛かっている。

オンライン開催で注目集めた公開シンポジウム、大学と行政が四つに組んで活発な論議

公開シンポジウムの様子

公開シンポジウム

2020年10月17日、工学部キャンパスのある福島県郡山市と共催で、「未曽有の大水害からキャンパスとその周辺地域を守るには?」と題した市民向け公開シンポジウムが開催された。

壇上には工学研究所長でもある土木工学科の岩城一郎教授を進行役に、土木工学科と建築学科、情報工学科の教授や准教授、名誉教授の5人が郡山市の品川萬里市長らと並んだ。

公開シンポジウムでは実際の研究に携わった研究者や大学生3人がその内容を詳細に発表したほか、郡山市建設交通部、今回氾濫した阿武隈川を管理する国土交通省東北地方整備局福島河川国道事務所長が当時の模様を報告した後、活発な論議が展開された。

とりわけ今回はコロナ禍とあってオンライン放映を併用しての実施となったが、市民を含む1,000人以上の聴講があった。これまでも毎年のように公開シンポを開催してきたが、参加者は200人程度だった。このことからオンライン開催には大きなメリットのあることが改めて分かった。

工学部一帯を直撃した未曽有の水害、素早い復興に生きたロハス工学の素地

令和元年東日本台風とも称される台風19号が日本を襲ったのは2019年10月のことだった。最も人的被害が大きかったのは福島県で、死者は31人。被害が最大となった理由は、阿武隈川流域での多くの河川の氾濫で郡山市、須賀川市、本宮市、伊達市、白河市などで幅広く浸水したためだ。

郡山市を直撃したのは10月12日で、特に工学部キャンパスのある徳定地区は阿武隈川が近くを流れるため、深いところで2メートル前後まで水没し、施設1階の机の上まで水に浸かった。当然パソコンや関係書類などは水没し、1階の多くを占める実験施設はほぼ全滅。この結果、工学部は11月5日に授業を再開するまで、約3週間の休講を余儀なくされた。

ただその直後から、キャンパス強靭化を目指した動きはあった。同学部には土木工学に建築、情報データを解析する情報工学の専門家がそろっており、「地域にとって見過ごせない災害であり、今後も再発する恐れがある。なぜ災害が起きたのか、どのように対処すべきなのかを明らかにする必要がある」との認識に至った。

教員ら研究者は休講中もキャンパスに詰めており、当時の工学部長の同意を得て、10月31日に強靭化プロジェクトが始動した。郡山市長も参加し、総勢16人の研究者によるスタートとなった。

もともと同学部は、「健康で持続可能な生活スタイルの実現を目指す」ロハス工学を研究教育のスローガンに掲げており、さまざまな分野で連携を図り横断的な研究にも携わってきた。こうした下地があったからこその、素早い立ち上げだった。

メカニズム解明と避難策の2本柱で3学科の英知を結集した研究本格化

プロジェクト研究の狙いは、水害のメカニズム解明と避難ルートの選定という2本柱に絞られた。徳定地区は阿武隈川と、そこへ注ぎ込む徳定川という支流に囲まれており、それぞれが水害にどう影響を与えたかを解き明かすことは不可欠だ。

まず、画像解析を専門とする情報工学科の中村和樹准教授が、大量の航空写真を重ね合わせる処理をした画像やドローンの測量データから、地形や建物の高低を約3cm四方で浮き彫りにした。そこから水の波や流れの数値解析に携わる土木工学科の金山進教授がシミュレーションを行い、阿武隈川があふれた外水氾濫は約200万立方メートル、キャンパスと周辺地域を流れる徳定川とその下流の三日月湖である古川池からあふれた内水氾濫が約50万立方メートルと割り出した。

浸水実績図

「浸水実績図」土木工学科・金山進教授提供

さらに浸水した総量を算定し、これを地形図に落とし込んで、実際にキャンパス内で測定した痕跡と照らし合わせたものがキャンパス周辺の浸水実績図で、紺色の度合いが強いほど水深が浅い。その分、水害の影響が軽微であるといえる。

それに対して、赤やオレンジなど色が明るくなるにつれて、水深が深くなる。これを見ると徳定川から古川池を経由して金山樋菅へつながる痕跡が見て取れ、何よりキャンパス内でも浸水被害に差があることが分かる。

もう一方の避難ルートの選定は、建築学科の森山修治教授が担当している。10年前の東日本大震災時の津波避難の研究や火災避難などを研究対象とするエキスパートだ。

徳定地区の住民数は2134世帯2738人。その中で工学部に通う学生約4500人のうちの約1000人が、周辺のアパートなどで被災している。このため森山教授は工学部の学生4000人を対象に、避難の有無やそのきっかけ、具体的な避難時間、手段や避難先など、詳細な聞き取り調査を重ねてきた。

避難ルートの研究に不可欠なのが、解析チームによる水害の時系列的な被害分析だ。刻一刻と変化する情報の連絡は、ルート選定に欠かせない。さもないと避難の途中で、ルートが水にあふれて渡れないという事態も起こりかねないからである。精緻な浸水メカニズムの解析はそのためにも必要だ。

「70号館を避難場所に」などを提言、急ピッチで進む具体策づくりも大詰め

70号館の校舎

70号館

さらに地域住民や学生・教職員の避難場所として、少し高台にある教室棟の70号館を充てる提言もまとめた。2006年に完成した70号館は展望ラウンジもある9階建てで、耐震性に優れ、台風19号の際も1階の床が濡れた程度だった。停電や断水への対策も講じられているため、学生側からの要望も多かった。

工学部では2020年7月にロハス工学の中核となるロハス工学センターが発足した。そこに強靭化プロジェクトも置き、残された70号館への避難受け入れ人数や最善な避難ルートの具体的選定などを詰めて、今春には郡山市長に提出し、現在進行形のものを含め地域住民にも広く公表していく方針である。

また、実際に避難した学生の5割以上が自動車を運転していることから、安全に避難できる道路と駐車場の確保が必要になる。その点は市役所にも市道の拡幅を提言しているが、具体的な協議は避難ルートが確定したこれからになる。同様に70号館を避難場所にするにも、発電用オイルの備蓄が必要など、まだまだ残された課題は山積みだ。

そのためロハス工学センターのセンター長でもある岩城教授が引き続き陣頭指揮を執る。コロナ禍で足踏みした懸案の解決に向け、いよいよ急ピッチで動き出している。

Interview

岩城 一郎 教授(キャンパス強靭化プロジェクト・リーダー)

岩城 一郎 教授

岩城 一郎 教授

応用可能な防災手法を確立できた、教育にも成果を生かしたい

――強靭化プロジェクトの成果は?
「水害の実際の痕跡と解析結果を整合させる手法で、間違いない結果を判定することができました。この手法は他の地域やこれ以外の災害にも応用可能で、今後の方向付けが得られたのではないかと思います。キャンパスの周辺だけにとどまらず、この手法を他の地域にも応用可能な防災・減災のモデルとして周知させていきたいです」

――研究で難しかった点は?
「いずれも未知の分野を手探りで進めてきましたが、何とかうまく着地できそうです。例えば詳細な地形図作り一つをとっても、航空写真は周辺がひずんでしまうため、それをデジタルで処理して上空からきちんと眺めることができるよう、オルソモザイク処理してつぶしていかなければなりません。それを合計756枚繰り返すのですから、大変な労力をかけた力作と言えると思います」

――教育の面での影響は?
「2020年10月の公開シンポジウムでも、金山研究室のゼミ生2人が水理解析のシミュレーションを卒業論文のテーマに取り上げて発表したほか、森山研究室でも、現在は大学院生ですが、当時の4年生女子1人に、聞き取り調査結果を取りまとめて発表してもらう機会を設けました。いずれも研究成果を教育にも役立てた好例となりました。これも研究室の学生が一体となって取り組んだ成果だと言えるでしょう。

さらに土木工学科だけではありますが、1年生から4年生までの総勢700人を教室に集めて2020年1月に防災教育を実施しました。自分たちが体験した事実とその仕組みを深く理解し、将来の進路選びにも生かそうというわけです。

10月に実施した公開シンポジウムもその一環で、2度の授業は将来、土木技術者として活躍するための糧になったのでは。貴重な経験を勉学に生かせたのではないでしょうか。引き続き研究成果を教育にも役立て、防災意識の高い学生の育成に努めていきたいと思います」