未来を拓け!実践授業

生物資源科学部 産業動物臨床実習

学び・教育
2021年10月04日

獣医師国家試験で、2年連続して私大トップの座を堅持した生物資源科学部獣医学科。その秘訣をユニークな実践授業である産業動物臨床実習に探ってみた。

〝動物のお医者さん〟へ悪戦苦闘、成牛の手術から蹄病治療まで

成牛を使った産業動物臨床実習

成牛を使った産業動物臨床実習

獣医学科の5年生34人が、必修科目である産業動物臨床実習に取り組んだ。手術衣に手術帽、おそろいのマスク姿。さらに白い長靴姿の学生たちが取り囲んだのは、体重600kgを超える成牛だ。この日の実習では、硬膜外麻酔などの麻酔法を実践した上で、立ったままの牛のお腹を切開する手術を行う。

6回にわたるこの実習は4年生までの座学の集大成で、最初は子牛のモデル人形を使って基本的な扱い方を学び、回を重ねるごとに子牛、成牛と進み、保定法や注射法などを実習する。今日の手術実習では、チームで連携して牛を移動させ枠場に保定し、手術する。

初の麻酔体験に、学生の一人は「意外に皮膚が硬いのに驚いた。それでも牛の動きに合わせて、針が抜けないように牛の動きと連動させるのに懸命で……」。すかさず教授から「それが注射を一刺しで済ませ、少しでも痛くしない方法。いいね!」とアドバイスが入る。

第四胃変位の整復手術が目標

蹄病治療を指導する住吉俊亮准教授

蹄病治療を指導する住吉俊亮准教授(2019年撮影)

今回の実習の目標は、成牛の第四胃変位の整復手術である。
草食動物の中でも牛や山羊などは反芻によって餌を何度も咀嚼し、消化する。このため牛には四つの胃があるが、この第四胃が弛緩や胃内ガスなどで正常な位置から移動してしまう場合がある。そうなると食欲不振に陥り、牛乳の生産にも響くことに。
そこで麻酔の後、腹部の皮膚を切開し外腹斜筋など3層の筋肉と腹膜を切開して、第四胃を元の位置に整復し固定するという、人間並みの手術が求められるのである。手術後も抗生物質の投与など、同様に厳格な術後管理が必要だ。

牛の蹄を削り蹄病を治療する様子

牛の蹄を削り蹄病を治療(2019年撮影)

実習は獣医学科の5年生136人が四つのグループに分かれて受講するが、学生が実施する手術の細かい部分は大型画面に映し出され、実況中継を皆で確認する。
獣医産業動物臨床学研究室の堀北哲也教授が手術の解説をし、住吉俊亮准教授、手島健次専任講師、大野真美子専任講師の3人は、学生の行う麻酔・手術の進行にかかりっきりだ。

次回の実習は、蹄病治療である。牛がかかる蹄ひづめの病気の予防や治療の実習である。伸びてしまった蹄を整える削蹄や、蹄底潰瘍などの蹄病の治療法を、食肉センターから搬入した牛の肢蹄を使って実習する。

「裏の実習」でノンテクニカルスキルを磨く

ノンテクニカルスキルのトレーニング

ノンテクニカルスキルのトレーニング

手術や蹄病治療の手技はテクニカルスキルのトレーニングであるが、毎回15分ほど時間を取って、コミュニケーションなどのノンテクニカルスキルのトレーニングも行っている。

社会に出れば、「病気の具合はどうですか?」など飼い主と上手くコミュニケーションをとらなければならないし、チームで連携して獣医療を遂行しなければならない。

例えばある回のトレーニングでは、学生同士が背中合わせになって牛の状態の説明訓練に取り組む。どうすれば言葉だけでうまく相手に情報を伝えられるかを実習する。実践を通して分かりやすい伝え方を学ぶ。手術自体を表の実習とするならば、こちらは「裏の実習」と呼ばれるノンテクニカルスキルのトレーニングである。

というのも、5年生後期から始まる総合参加型臨床実習では、実際に動物を飼っている人と対面して診療を行うからだ。この実習では動物病院の内科や外科などを巡回して、実際に臨床現場を体験する。その一環として周辺の酪農家や肉牛農家を回って、実際に診察するメニューも組み込まれている。

合格率で2年連続私大トップの舞台裏

獣医学科(新卒)の国家試験合格率は昨年が97.5%、今年も94.8%と、2年連続して私大トップの座を堅持した。

獣医学部・学科のある全国17大学全体の合格率が比較的高いこともあるが、カリキュラムを見直し、併せて進級条件を厳格化した効果も大きい。つまり、実力を着実に身に付けながら進級する積み上げ教育の成果だ。基礎から積み上げてしっかりと学ぶことができる生物資源科学部の環境が、合格率の高さにつながっていると言ってよいだろう。

本学の生物資源科学部は長い歴史を誇る伝統校だ。源流は二つあって、一つは昭和12(1937)年法文学部に開設された専門部拓殖科。同科は後に農学部に発展する。
もう一つが、明治40(1907)年設立の東京獣医学校。戦後、新制の東京獣医畜産大学として生まれ変わり、本学と合併して農学部獣医学科となった。昭和27(1952)年に学部名称を日本大学農獣医学部と改める。

軍馬や農耕馬の時代から、戦後の食糧難に応じた畜産振興の時代、そしてこの30 年ほどのペットブームへと、獣医学教育は時代の変遷に対応してきた。産業動物臨床実習も、こうした伝統に裏打ちされた証しなのかもしれない。

ただし近年の卒業後の進路実績は、もっぱら犬や猫などペット向けの小動物臨床が過半数を占める。全国で飼われる犬や猫は2000万頭に及び、「ペットもかけがえのない家族の一員」という考え方が広く世間に浸透しているのは事実である。

将来は感染症対策、心のケアも期待

生物資源科学部獣医学科 堀北哲也 教授

生物資源科学部獣医学科 堀北哲也 教授

堀北教授によると、「皆がおいしく安全な乳や肉を食べるには、産業動物獣医療は不可欠です。また、将来小動物臨床に就くとしても、獣医学を修めるからには牛や豚、馬、鶏にまで精通していなければなりません」。そのために産業動物
を学ぶのは良い機会というわけだ。

幸い学生たちの反応は上々で、「牛の大きさや手技の難しさが実感できた」「声を掛け合うことや連携した行動ができるようになってきた」という反響が返ってきた。

コロナ禍で2年ぶりの実習再開だが、鳥インフルエンザなどの感染症が社会に与える打撃の深刻度を改めて思い知らされた。多岐にわたる動物由来感染症から、将来のパンデミックに備えるためにも、検疫と感染症予防に関わる人材の確保は急務だ。

一方で、外出自粛が生み出したペットブームの到来。将来は超高齢化時代を見据えて、医療や介護とも連携した心のケアが不可欠になってくるかもしれない。〝動物のお医者さん〟への期待はますます高まっている。