人間力を高めて社会に出たときに
活躍できる人材を送り出すことが使命

スポーツ科学部対談【後編】小山裕三学部長×上野広治学部次長

学び・教育
2021年10月19日

東京オリンピックの陸上競技の解説を担当したスポーツ科学部長の小山裕三教授と、日本選手団の本部役員として携わった学部次長の上野広治教授の対談の第2回。東京オリンピックでの選手たちの活躍の原動力に、切磋琢磨できるスポーツ科学部の環境と選手同士の交流があったと言う。そして小山教授、上野教授が目指す、これからの教育のあり方についてもじっくりとお話いただいた。

学生同士が刺激し合うことで
さらなる向上心を生み出した

——東京オリンピックで活躍した選手たちをご覧になって、その活躍の原動力となったものは何だとお考えですか。

東京オリンピックという大舞台を通じて選手たちにも自覚が生まれたと話す上野次長

東京オリンピックという大舞台を通じて選手たちにも自覚が生まれた

小山学部長 本学の学生たちは、学校をおろそかにして、競技力を上げたわけではありません。学校に来て授業を受けて、真剣に課題や補講に取り組む姿を先生方は見ている。だから、先生方も選手たちの活動に理解があるし、活躍を喜ぶわけです。先生方は厳しく指導されていて、オリンピックに出たからといって差をつけることは一切ありません。学生たちもそれを分かっているから、何事にも真剣に取り組みますよね。

上野次長 たとえば水泳の本多選手も周りから特別視されていないですし、彼の天真爛漫な姿は周りに元気を与えてくれますよね。さらに責任感も強くなってきていて、本学のスポーツを僕が強くするんだ、という強い気持ちを持っています。私たち指導者から見ていても、トップで戦う選手としての自覚が出てきていると感じています。

>水泳部・競泳 本多 灯 選手(スポーツ科学部2年)のインタビュー記事
 

小山学部長 陸上の橋岡優輝選手も見ていて根性のある選手だと感じています。彼は3位に入るチャンスがあったわけですけど、そこに手が届かなかった。入賞しただけでも素晴らしいことですが、彼自身は納得していないわけです。それは、きっと同じスポーツ科学部の本多選手がメダルを獲ったことで、刺激を受けていたと思います。それもあって、悔しいという気持ちが強く出ていたのではないでしょうか。そういうところで、彼はこの東京オリンピックでまたひとつ、大きく成長してくれたと思っています。

>走幅跳 橋岡優輝 選手(大学院総合社会情報研究科1年)のインタビュー記事


上野次長 スポーツ科学部はまだ歴史がある学部ではありませんが、だんだん学生にとって良い環境が整いつつあると感じています。学生たちもその環境に感謝しつつ、それらを活用してくれています。今ある環境をどう活用していくか。それを学生ひとり一人が考えて行動できていることが結果に結びついていると思います。

本多選手がメダルを獲ったことに刺激を受けて、橋岡選手がさらに上を目指したいと思った。学生たちが刺激し合えるのも、環境のひとつだと思います。そうやって、スポーツ科学部は少しずつ歴史を積み重ね始めたと思っています。

基礎を一生懸命取り組む選手だからこそ結果を残せる。そういう環境がスポーツ科学部にはあると話す小山学部長

基礎を一生懸命取り組む選手だからこそ結果を残せる。そういう環境がスポーツ科学部にはある

小山学部長 そのとおりですよね。それに加えて、強い選手というのは基礎をおろそかにしません。先日、テレビで平野歩夢選手が出演している番組を見たのですが、誰もができることを、誰もができないくらい一生懸命やっている。この姿勢こそが強さの秘訣ではないかと思うのです。昔、ある陸上選手が試合に出るために日本にやってきたとき、普段の練習から試合のときまで、ずっと腿上げをやっているのを見ました。腿上げという練習は、子どもがやるような、まさに基礎です。それをずっとやり続けているのです。脚をケガでもしているのかな、と思っていたら、試合本番では世界記録で優勝です。それを見てから、基礎の大事さを痛感しました。オリンピックで優勝した選手たちに話を聞いても、やはり皆基礎を大事にしています。準備運動やストレッチにしても、強い選手というのは真剣に取り組んでいます。

そういう細かいけれど、人としてとても大切なことを指導してくださる先生方がスポーツ科学部には揃っていますし、学生たちがそういう姿を後輩たちに見せてくれている。素晴らしい環境だと思います。

上野次長 そうですね。さらなる挑戦というか。チャレンジし続けることの大切さですよね。本多選手も東京オリンピックの出場が決まってわずか3カ月の間に1秒以上も自己ベストを縮めました。本人もコーチもやりきったと思います。でも、彼はもうパリオリンピックに向けて、金メダルと世界記録を出したいと目標を口にしていました。そういう考え方が大事だと思うのです。ここで終わりではなく、まだまだその先があるということを、彼は理解しているわけです。まさにスポーツ科学部が掲げる、反省的実践家としての学びですし、本学が掲げる自主創造にもつながりますよね。4年間の学生生活が、さらに自分の将来につながるということを分かってくれているのだと思いますし、つくづく学生の可能性を感じました。

小山学部長 先にも話しましたが、学生たちにとって大切なのは将来です。金メダルを獲った、入賞したということも素晴らしいですが、大人になって未来を生きていくなかで、それよりももっと素晴らしいことはたくさんあるし、周りから評価されることもたくさんある。それを私たちが学生たちに理解させて、見せなければならないわけです。

アーバンスポーツ(BMXやスケートボード競技など)から感じた、スポーツ界の新しい未来

——先生方がご覧になったなかで、東京オリンピックで印象的なスポーツはありましたか。

上野次長 今回の東京オリンピックではアーバンスポーツが注目を集めていましたよね。私が見ていて感じたことは、武道・格闘系のスポーツは銀メダルだと下を向く選手もいますが、アーバンスポーツの選手たちは、金メダルだろうが銅メダルだろうが、メダルに手が届かなくても同じように喜んで、そしてライバルたちの活躍を心から称えている。そういう姿を見ていると、スポーツ自体が少しずつ変化しているように感じました。このあたりはスポーツ科学部としても、スポーツのもっと先のところまで見通して、学部の展開というものを考えていかなければ、世界に乗り遅れてしまう。ただ、スポーツ科学部はまだ6年目です。歴史が浅いからこそできることもあると思いますので、先を見据えて取り組んでいきたいですね。

小山学部長 私たちがやっている教育、つまりEducationですけど、Educateという言葉をラテン語の語源から言えば『導き出す』という意味であって、教育ではないんです。教え育てるのがEducationの本来の意味ではなく、導き出すわけです。学生たちの良いものを導き出すことが、私たち教員の役目なのだと思っています。たとえば、水泳ならクロールよりもバタフライのほうが得意な要素があれば、それを導き出す。陸上も同じで、指導者が選手の良さを導き出すことで、その選手にとって最適な種目を選択するわけです。これがスポーツの良いところ。教育の原点でもある『導き出す』というEducationの本質が自然と行われている。そういうことを忘れずに、私たちは学生たちを導き出せる教育をしていきます。

努力を支えて未来に導くことがこれからの指導のあり方

2、30年先を見据えた環境作りをしていくことが課題と話す上野次長

2、30年先を見据えた環境作りをしていくことが課題

——最後になりますが、今年で6年目を迎えたスポーツ科学部が目指す未来について、先生方のお考えをお聞かせください。

上野次長 先に少し話しましたが、いろんな面での環境作りがとても大切なポイントです。施設面の環境はある程度出来上がってきたと思います。これから10年、20年、30年先のことを見据えて、指導・教育を含めた環境を変えていければと思います。そのためには、高い意識を持った学生が、常に来てくれるような学部にしていかなければなりません。

そして、卒業した1期生、2期生たちが社会人になってからいかに活躍していくかということも見届けていきたい。それが、現役の学生が活躍することとうまくマッチングしてくれるかどうかも大事だと思っています。小山学部長のお話にもあったように、人として大切なことは、社会に出てからどれだけ活躍できるかどうかです。卒業してすぐは難しいかもしれませんが、将来的に活躍できると信じていますから、そこを楽しみにしつつ、良い技術を、良い人材を社会に送り出せるような学部にしていきたいと思います。

大学教育という場を通じて人間性を高められるように導くことが課題と話す小山学部長

大学教育という場を通じて人間性を高められるように導くことが課題

小山学部長 やはり大学教育というなかで、オリンピックや世界大会で活躍するような選手を育てることはもちろんのこと、スポーツを通して学んだことを生かし、社会で活躍する学生をどうやって輩出し続けるか。それにはやはり、人間性を高めていってもらいたい。人間力ですよね。大学教育の4年間によって、スポーツを通じて社会で活躍できる人材の育成。これが私たちのいちばんの役割だと考えています。

世界大会でメダル獲れる競技力を身につける。結果も大事ですが、そのために努力をしてきたという過程が大事なわけです。スポーツ科学部に入ってくる学生全員が、世界を目指せるわけではありません。それぞれが自分の目標を持って、そのために一生懸命努力する。それを様々な分野で『導き出す』ことが、この学部がこれから先も大切にしていかなければならないことです。

だから、先生方には「強い弱い」「速い遅い」ではなく、競技にも勉強にも一生懸命取り組む学生に対して、大事に育てられるような学部にしたいと伝えています。社会に出たとき、単純に世界で戦ったという競技力だけではなく、4年間勉強もして、人間力でも自信が持てる学生を育てていきたいですし、そういう大学、そういう学部になっていってほしいと願っています。

——本日はお忙しいところありがとうございました。

<小山裕三教授プロフィール>
1956年生まれ。本学法学部管理行政学科(現・公共政策学科)卒業。博士(体育科学)。現役時代は陸上競技の投てき選手として活躍し、砲丸投で室内日本記録を保持していた。指導者としては、日本大学陸上競技部前監督として砲丸投げを中心に多くの投てき種目の日本選手権優勝者を育成。2016年よりスポーツ科学部長。

<上野広治教授プロフィール>
1959年生まれ。本学文理学部体育学科卒業。シドニー、アテネオリンピックは競泳日本代表ヘッドコーチ。北京、ロンドンオリンピックは日本代表監督。リオ、東京オリンピックはJOC本部役員を務めた。筑波大学大学院人間科学総合研究科を修了。日本大学スポーツ科学部准教授を経て、2020年から教授。日本大学水泳部監督。2021年よりスポーツ科学部次長。