特集:変わる 高校の学び(1)

学び・教育
2023年02月10日

2022年4月から高等学校の新学習指導要領が実施され、高校の学びが大きく変わろうとしている。
新指導要領では、知識の理解の質を高め、資質・能力を育む「主体的・対話的で深い学び」を目指し、「総合的な探究の時間」などさまざまな変更が盛り込まれている。
2025年度には、こうした「学び」を経験した生徒たちが大学に入学するが、どのように受け入れるのか?
文理学部の藤平敦教授に学習指導要領改訂のポイントを解説いただくとともに、豊かな学びの実現にまい進する本学付属高校4校の取り組みを通して、大学の学びを考える。

生徒が自分で育つように働きかける
「新学習指導要領の要点」

20年間の高校教諭経験と、12年間の国立教育政策研究所・総括研究官としての経験を持つ藤平敦教授に、学習指導要領改訂の背景とそのポイント、新たな高校教育での学びについて伺った。

革新的な諮問が触れた学習指導要領改訂の理由

文部科学省が定める「学習指導要領」とは、教育課程(カリキュラム)の基準のこと。幼稚園から高等学校まで、日本中どの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするために作られたものだ。学校教育法に基づき、文部科学大臣が告示する形で、時代の変化や子どもたちの状況、社会のニーズなどを反映させるためにほぼ10年ごとに改訂されている(図1)。文理学部の藤平敦教授は「学習指導要領は時代を映す鏡」だと表現する。

文理学部 藤平敦教授

文理学部 総合文化研究室 藤平 敦教授

1961年東京都生まれ。20年間の高等学校英語科教諭を経て、2007年から文部科学省国立教育政策研究所の総括研究官として、国の教育に資する調査研究に携わる。その間、他省庁や他の国立の教育研究所、全国各地の自治体の研究協力者等を務める。2019年から現職。著書に『研修でつかえる生徒指導事例50』(学事出版)、『日米比較を通して考えるこれからの生徒指導』(学事出版)など

「今回の改訂では、少子高齢化やIT化にどう対応するかが大きなテーマになっています」

図2は、学習指導要領改訂までの流れを示したものだが、今回の改訂では、諮問や論点整理の内容が革新的だったことが大きな特徴だ。

学習指導要領改訂の中心となる中央教育審議会(以下、中教審)とは、教育、学術、文化に関するさまざまな専門家が集まって組織される文部科学大臣(以下、文科相)の諮問機関で、中教審は、文科相の諮問を受けて議論し、答申を出す役割を担っている。

「通常の諮問は『新しい時代に合わせた学習指導要領を考えてほしい』といった簡単なものですが、今回の諮問では今後、社会がどう変化していくかに触れ、学習指導要領改訂の理由を述べています」

(文科相による諮問の書き出しの一部)
今の子供たちやこれから誕生する子供たちが、成人して社会で活躍する頃には、我が国は、厳しい挑戦の時代を迎えていると予想されます。
生産年齢人口の減少、グローバル化の進展や絶え間ない技術革新等により、社会構造や雇用環境は大きく変化し、子供たちが就くことになる職業の在り方についても、現在とは様変わりすることになるだろうと指摘されています。

「日本は今後、少子高齢化が進み、約50 年後には総人口が約3割減少し、65歳以上の割合が総人口の約4割に達する見込みだと言われています。超高齢化社会の到来です。さらに15歳以上64歳未満の生産年齢人口も減り続け、2060年には、2010年と比べて約半数まで減少する見込みです(図3)」

生産年齢人口が減ることにより、社会で求められる人材も変わってくると藤平教授は指摘する。

「先輩の背中を見て仕事を覚えるといったような時間的な余裕はなくなり、即戦力として働くことが求められる傾向はさらに強くなるでしょう。言われたことだけをやるのではなく、自ら課題を設定し主体的に行動できる人材が求められる時代になる。学校にもそうした教育が必要だということです」

教科の枠を超えた論点整理で「生きる力」を具現化

こうした諮問を受け、中教審の審議もこれまでにない形で行われた。
「今までは、諮問を受けたら各教科部会で議論に入っていましたが、この方法だと、教科の枠を超えた議論が起こりづらいという課題がありました。そこで今回は全教科の代表者が集まり、教科の枠にとらわれない方針を議論することになったのです。これは日本の教育史上、初めてのことでした」

論点整理で鍵となったのは、これまでの学習指導要領でたびたび登場してきた「生きる力」だ。 

「『生きる力』は平成10(1998)年度の改訂から使われ始めましたが、平成元年度の改訂に記された『社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成』も、実は『生きる力』を表しています(図1)。長く打ち出しているにもかかわらず、抽象的な概念だったためにこれまでは十分にその真意を伝えきれていませんでした。そこで今回の改訂では、『生きる力』の概念を整理して構造化・可視化するとともに具体化したのです」

図4 児童・生徒の育成を目指す資質・能力の三つの柱

それが「児童・生徒の育成を目指す資質・能力の三つの柱」いわゆる「学びの3要素」(図4)だ。何を理解し何ができるかの「知識・技能」だけではなく、理解していることやできることをどう使うかの「思考力・判断力・表現力」、そしてどのように社会や世界と関わるかといった「学びに向かう力」。この三つをバランス良く育むことが必要だという。

「学習指導要領の改訂というと全く新しいことをするのではないかとイメージされる方も少なくないのですが、基本的にはこれまでやってきたことを整理し直しただけなのです」

授業でポイントとなるのは〝探究〟と〝協働〟

資質・能力の三つの柱に基づいた目標や内容の再整理を踏まえ、学習状況の評価基準は、各教科を通じて「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点に整理された。知識や技能の習得だけでなく、主体的な態度も評価される今後の高校の学びは、生徒が自分の頭で考えて、自分の言葉にするようなものが中心になっていくという。

図5 評価の3観点と探究的な問題例

「『総合的な探究の時間』が新たな必修科目となったこともあり、授業でポイントとなるのは〝探究〟と〝協働〟です。例えば『神奈川県の県庁所在地はどこですか?』というのは知識を問う問題ですが、これを発展させて『なぜ横浜市が県庁所在地だと思いますか?』と問うと、思考力・判断力・表現力を引き出す問題になります。横浜市の人口はどのくらいか、産業は何かといったことを調べることで、横浜市が県庁所在地である理由を自分で考えるようになるからです。この質問をさらに発展させると、『あなたなら神奈川県の県庁所在地をどこにしますか?』という問いかけになります。藤沢市や鎌倉市、いろいろな意見が出てくると思いますが、しっかりとした根拠やデータに基づいて答えを導くことができれば、より高いレベルで思考力や判断力を養えるのです。穴埋めテストで知識を問うだけではないという点で、評価の在り方も今後さらに検討する必要があるでしょう」(図5)

新学習指導要領が求めるのは、こうした主体的な学びだ。自ら課題を見つけて情報を集め、分析し、提案するのが探究学習であり、さらに他の人と協働することでより多くの意見や知識を得ることができる。インプットが大きくなれば、アウトプットもしやすくなる。

「教育の主体はあくまで子どもです。それは高校生も大学生も、社会に出てからも一緒です。ですから、教員は子どもを育てるのではなく、〝子どもが自分で育つように働きかける〟というのが正しい在り方だと思います」

高校教育の変化で今、大学に求められること

高校教育が変化する中で、大学に求められるものは何だろうか。
「試験の在り方や授業における評価の在り方を検討する必要はあると思います。また、協働の観点から、今後はよりグループワークを強化することで、情報をインプット・アウトプットする機会を増やすことも重要だと思います。

元々日本大学には、三つの柱を育む土壌があると思います。16の多種多様な学部があり、自ら積極的に課題を見つけて探究したり発表したりすることが得意な学生も多い。本学最大の強みは〝多様性〟です。今後はさらに付属校などとも連携しつつ、より幅広い学びの場を創出できると良いのではないでしょうか」