【教育の現場から】
スポーツを幅広い分野から捉える 、「反省的実践家」を目指す

スポーツ科学部 小松 泰喜 教授

学び・教育
2019年11月19日

三軒茶屋キャンパスに、危機管理学部と共に新設されたスポーツ科学部。多くのトップアスリートを抱えており、コーチング学に基づいた幅広い学びを提供している。設立4年目となった今、主にアスレチックリハビリテーションについて指導している同学部の小松泰喜教授に、改めて同学部について話をうかがった。

日大のスポーツ科学部がほかと一線を画す理由

日本大学のなかで、最も新しい学部のひとつである「スポーツ科学部」。主に教育者を育成する文理学部の体育学科とは異なり、トップアスリートやスポーツ指導者、そしてスポーツを科学的に探究する研究者と、大きく三つの人材育成を目的として設立された。

すべての学生が目指すべき将来像として、「反省的実践家」を掲げている。これは、実践する事象に潜む課題を的確に発見・分析し、問題解決能力を身につて、自ら成長することができる能力を備えている人のこと。その教育指針は、コーチング学を基盤としている。

この「反省的実践家」こそが新しいポリシーであり、これに共感する学生たちが学んでいるといえる。

授業の様子

2年次以降は、「アスリートコース」と「スポーツサポートコース」とに分かれる。

アスリートコースは、読んで字のごとく、自らがトップアスリートとして成長するために学ぶためのもの。同コースでは、1992年バルセロナ・オリンピック男子体操団体で銅メダルを獲得した西川大輔氏や、2016年リオデジャネイロ・オリンピック陸上競技男子棒高跳びで7位入賞を果たした澤野大地氏など、元トップアスリートらが教壇に立つ。

 

こちらには、スノーボードハーフパイプの平野歩夢選手(2年)をはじめ、世界で活躍する現役アスリートが多数在籍。自身のパフォーマンスを客観的に分析し、競技力向上を図ることはもちろん、将来指導者として活躍するためにも、アスリート自身の分析をコーチの目線から再構築し、学んでいるという。

講義風景

ゼミ生を対象とした講義風景

一方のスポーツサポートコースでは、アスリートを支える指導者育成のほか、スポーツ経営やスポーツ行政といったマネジメント関連を含め、競技スポーツに関わる幅広い人材育成に力を入れる。主に、コーチング学を基盤としたスポーツ医科学、運動生理学、解剖学を学び、アスリートの競技力向上や、大会で本来の力を発揮するためのコーチング方法などを修得する。なかには、自身もアスリートとして活動する一方で、スポーツサポートコースに在籍し、卒業後は指導者への道を歩むべく学んでいる学生も多い。

また、二つのコースは独立しているわけではなく、どちらに進んでも両コースの授業を選択することができるため、バランスよく履修している学生も多数いるそうだ。

教育理念に「反省的実践家」を掲げ、トップアスリートとそれを支える人材の両方を育成する。そこがまさに、他校のスポーツ科学部と一線を画す特徴であるといえる。

アスリートたちの競技復帰をサポートする

小松 泰喜教授

小松 泰喜(こまつ・たいき) スポーツ科学部教授。専門領域はリハビリテーション医学。東京大大学院特任研究員、東京工科大医療保健学部理学療法学科教授などを経て現職

スポーツサポートコースにおいて、アスレチックリハビリテーションの授業を受け持つのが、リハビリテーション医学を専門とする小松泰喜教授だ。ケガをしたアスリートが競技復帰するための、リハビリテーションの基礎的な知識を教えている。

「ケガをしたら、病院での手術・入院を経て、退院後にリハビリテーションを行います。通常であれば、日常生活動作レベルまで戻れば終わりですが、学生アスリートにとってそれだけでは十分ではありません。競技復帰レベルにまで引き上げる必
要があります。日常生活動作から競技復帰までのリハビリテーションを、アスレチックリハビリテーションと呼び、授業ではこの過程について学びます」

アスレティックリハビリテーション

アスレティックリハビリテーションとは、競技者が何らかの外傷・障害によってからだの機能を低下させたり失ったりした際に的確なリハビリテーションを行ってスポーツ活動あるいは競技が可能となるよう身体トレーニングを行うこと ※「公認スポーツ指導者養成テキスト」所収の図より作成

競技復帰に至るまでの段階的なケアやリハビリテーションの方法、それに伴う適切な処置や具体的なトレーニングについて学ぶ。アスリートにとっては、自分がケガをした場合の対処法を知ることになる上、次にケガをしないための予防を学ぶことにもなる。また、指導者を目指す学生にとっては、選手のケガへの対応と、そもそもケガをさせないための指導法を学べるのだ。

段階的な競技復帰について教える際は、どのような過程でどのようなトレーニングをすべきかなど、トレーニング分野と重複する部分もあるため、そのこととのすみ分けを工夫しているそうだ。

また、小松教授はスポーツマッサージの授業も受け持っている。単に選手が不調を訴えるところのケアをするのではなく、スポーツ障害の予防と早期発見につながるような施術を考えることが、最も大切であるという。

リハビリテーションの様子

ひざに痛みのあるバレーボール部の学生にリハビリテーションを行う

「例えば、いつもより筋肉が張っているから、通常のトレーニングを行うと筋損傷につながるかもしれない、などということに気付いて、選手自身やトレーナー、コーチたちに伝えられるようになることを目指しています。手技自体よりも、解剖学に基づいた身体の仕組みや理論を教えることで、エビデンスベースドの知識を理解してもらうことが大切です」

どの授業でも、実際にあった事例などを取り上げながら講義を進めることで、学生たちにとってより分かりやすく、身近に感じてもらえるような授業づくりを心掛けていると、小松教授は話す。

予防に勝る治療はない! よき指導者になるための実践

小松教授のゼミには、アメリカンフットボール部をはじめ、部活動に所属する学生アスリートもいるが、研究者や指導者を目指す学生が、より多く在籍する。アスリートが所属するスポーツ・健康系企業への就職を希望し、将来はそうした企業でアスリートのサポートをしたいと考える学生が多いのだそうだ。

ゼミでは、教室での講義やディスカッションだけにとどまらず、アスレチックリハビリテーションに関わるさまざまな実習を行校の部活動に所属する学生アスリートたちを相手に、自らの手でケアを行うのだ。また、高齢者を対象とする体力測定や運動指導など、学外での活動にも学生を派遣しているため、あらゆる経験を積むことができるのも、小松ゼミならではの特徴といえる。学生のうちから実践の場を多く踏むことで、社会に出たときに即戦力となるため、意図的に心掛けているそうだ。

自身でも、あらゆる競技アスリートのケアを行う小松教授。授業外でも、痛みや違和感を訴える学生たちに対し、ケアやアドバイスをしている。しかし、「予防に勝る治療はありません。ケガへの対応はもちろん行いますが、そもそもケガをしないように予防することのほうが大切です。私の授業やゼミでは、その教育に力を入れています」

多くのトップアスリートを抱える同学部。勝利を目指すだけでなく、パフォーマンスのエビデンスベースドを探り、将来指導者になったときに必要となるスキルを身につけたいと考える学生たちに入ってきてほしいと、小松教授は語る。

「自分の能力を高めるために、今まで指導者に教わってきたもののなかに何があるのかを問い直すことで、現在のアスリートたちが将来よい指導者になっていくのではないでしょうか。私自身が、世の中におけるスポーツ科学の必要性を身にしみて感じているからこそ、学生たちにもそれに気付いてもらえる場になるよう、今後も尽力していきたいと考えています」

結果を追い求めることに加え、その先の将来を見据える若きアスリートと、それを支える人材の育成には、スポーツ科学が不可欠である。競技スポーツの領域にとどまることなく、健康や経営、行政など、周辺のさまざまな分野での応用も可能な同学部での学びには、今後も注目が集まりそうだ。