【研究者紹介】
フロベール『ボヴァリー夫人』に魅せられて

国際関係学部 橋本 由紀子 准教授

研究
2020年03月04日

散文に詩の響きを求めて言葉を彫琢した近代文学の始祖。人間の愚かさを芸術の美しさで語ろうとした作家

国際関係学部 橋本 由紀子 准教授

国際関係学部 橋本 由紀子 准教授

幼少期から本を読むのが好きで、「小学校時代は英米文学を中心に、図書館の世界文学全集を片っ端から読んでいた」という橋本准教授。「じつはクラスメートと会話ができない子どもで、本の中の自由な別世界にしか居場所がなかったようなところもあるんです」と苦笑する。

他者への苦手意識は中学、高校と進学するにつれて徐々に払拭されていったが、本に対する興味が薄れることはなかった。そして「それまでより幅広く、違う世界を読みたくなった」高校時代に、フランス文学の名作『ボヴァリー夫人』と運命的な出合いを果たす。

同作品は“近代文学の始祖”とうたわれる19世紀の作家ギュスターヴ・フロベールの処女作。発表当時、姦通小説のレッテルを貼られ、裁判にかけられたことでも知られるが、橋本准教授は「ドラマチックな筋立てがあるわけではなく、一人の女性の『何も起こらない日常』の閉塞感が客観的な視点でつづられていく。それまで読んできた文学とはまるで違う世界に衝撃を受けました」と言う。

“言葉の錬金術師”

大学からフランス語を学び始め、ついに『ボヴァリー夫人』の原文に触れる。ゼミでは「愚劣な同時代を辛辣に批判しつつ、それを作品の造形美で表そうとした」フロベールの作家像を学び、卒論ではボヴァリー夫人の「愚鈍な」夫シャルルの人物像をテーマに据えた。

卒業後は大学院に進んでフロベール研究を続け、博士後期課程に入って間もなく休学して渡仏。2年間ルーアン大に留学し、その間にDEA(専門研究課程)の学位を取得したが、彼の地は『ボヴァリー夫人』の舞台であり、フロベールの出生地でもある。「主人公のエンマ(ボヴァリー夫人)が足を運んだ街並みや、フロベールが生涯執筆活動に勤しんだ地に身を置いてみたかった」というのが留学の動機で、2年前にも1年間「サバティカル(研究休暇)で滞在させてもらった」そうだ。

「フロベールは、フランス文学史的にはレアリズム(写実主義)の作家と評されていますが、本人はそれを嫌っていました。一つの文章を書くときにふさわしい形容詞や名詞は一つしかないというコンセプトを持っていて、その一語を見つけるのに何週間もかけた“言葉の錬金術師”とも言われています」

フロベール研究の成果は自身の著作(プロフィル欄参照)や学術雑誌等で随時発表してきたが、まだまだ取り組むべきテーマには事欠かないという。

「今は『フロベールとキリスト教』というテーマで、まだ扱っていなかった『感情教育』という長編小説の研究に取り組んでいます。また、フロベールは寡作だった半面、膨大な数の書簡を残していて、その中にも彼の宗教観がはっきり出ているので、それをまとめる研究もしています」

「複言語」の授業に注力

毎年恒例の「日本・E U フレンドシップウィーク」期間中、学内の図書館に設けられたフランス文学の展示コーナーの前で

毎年恒例の「日本・E U フレンドシップウィーク」期間中、学内の図書館に設けられたフランス文学の展示コーナーの前で

国際関係学部の三島キャンパスに赴任して10年余りになる橋本准教授。現在は専門の「フランス語」「観光フランス語」「ヨーロッパ言語文化研究」等の講義に加え、ドイツ語の教員とペアで行う「複言語」の授業を担当している。

「二つの初習外国語を同時に学ぶ、全国的にも珍しい授業形態です。英語と日本語も加えると、同時に四つの言語を比較していくことになる。ゲルマン語系のドイツ語とロマンス語系のフランス語に触れることで、ヨーロッパの多くの国々の言語が感覚的に分かるようになっていく言語体験や、ヨーロッパ文化の多様性の理解という点で、かなり面白い効果が出ています」

ドイツ語教員と共同で論文を書いたり、比較文化研究という形でテキスト開発に取り組むなど、教育者として「複言語」の授業発展にも注力している橋本准教授。フロベール研究同様の成果に期待したい。

国際関係学部
橋本 由紀子(はしもと・ゆきこ)准教授

平成7年青山学院大文学部フランス文学科卒。19年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士後期課程単位取得満期退学。修士(文学)。21年助教として本学国際関係学部に赴任。
25年著書『フロベールの聖〈領域〉―「三つの物語」を読む』(彩流社刊)で国際文化表現学会賞受賞。26年4月から現職。神奈川県出身。