信じる力で未来を変える研究者
文理学部情報科学科 大澤正彦 助教
今年4月に着任した大澤助教
「こんな時、ドラえもんがいてくれたらなぁ」。のび太くんならずとも、多くの人が一度はこう思ったことがあるだろう。自分のことを誰よりも理解してくれて、いつでも味方でいてくれるロボット=ドラえもんをつくる。そんな夢のような話を実現させようとしているのが、大澤正彦助教だ。
「物心ついたときからドラえもんをつくりたいと思っていた」と語る大澤助教。しかし「ドラえもんをつくりたい」と言う大澤少年に、多くの大人は「頑張ってね」と言いながらも本気には受け止めてくれなかったという。傷ついた少年は、いつしか自分の夢を口にしなくなっていた。
「ドラえもんをつくる」という夢を、胸を張って言えるようになったのは、研究や学問を積み重ね、今までになかったものを形にできる力や人を説得する力を身につけて、さらに、自分を認めてくれる仲間ができてからだ。
「信じてもらえる力はすごく強力です。仲間に信じてもらえたことで自分を信じることができ、夢を口に出せるようなったからこそ、自分の活動をより広げられるようになりました」
ミニドラを想定して製作したロボットは約20cm。さまざまな表情に見えるよう工夫されている。
現在は、ドラえもんをつくるというゴールを見据えた最初のステップとして、原作に登場するミニドラのようなロボットづくりにチャレンジしている。ミニドラは、名前の通り小さくて「ドララ」「ドラドラ」といった言葉しか話せないが、登場人物たちと自然なコミュニケーションがとれるロボットだ。
「最初の段階で、このミニドラにはしりとりができるようにプログラムしました。「りんご」と言うと「ドララ」と返してくるのですが、これを聞くと人は「今、ゴリラって言ったよね!?」と直感的に感じとるのです」
このしりとりを足がかりに、現在もさまざまな実験が進行中だ。
「実験の中で、ゆりちゃんという女の子が1時間半もロボットと話し続けたケースがありました。ゆりちゃんが、ロボットに自分の名前を覚えさせようとして「ゆりだよ、ゆりだよ」と言うと、たまに「ドラ、ドラ」と返ってくる。そうすると、ゆりちゃんは自分の名前を覚えてくれたんだ!と喜んで、次々に新しい言葉を投げかけていきます。
このやりとりでは、実はロボットはランダムに発言をしているだけで、ゆりちゃんが直感的にロボットの意図を感じて「こう言った気がする」と歩み寄っているのですが、実際にはロボットのほうから歩み寄ってくれているという感覚が引き出されているのです」
この話をすると「人間をだますロボットを作っているんですか?」と聞かれるというが、決してそうではない。
たとえば人間の赤ちゃんは、生まれた瞬間から心を持っていると想定され、愛されて育っていく。つまり、心が認められてから心が完成していくが、ロボットは心が完成していないと心を認めてもらえないというのが現状だ。
しかし「それでは知能はつくれない」と大澤助教は言う。ロボットの心を認めてやりとりする中でさらに心をつくる、それがミニドラづくりの第一歩につながったのだ。
「夢を叶えるために必要なのは信じる力。自分を信じ、仲間を信じる信頼関係に基づくエネルギーは、どんなときでも自分の力になります」と力強く語る。
2020年2月に出版した著書『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』 「自分の考えや研究を多くの人に知ってもらうことも『つくる』というアプローチの一つだと考えています」(大澤助教)
大澤助教は「ドラドラだけでも完璧にコミュニケーションがとれるところまで行ける」と言う。
「コミュニケーションができたら、「パパ」「ママ」や、「パパ大好き」「ママこわい」といった語彙を増やすのは簡単なこと。考えてみると、これは人間の赤ちゃんが言葉を獲得する順番とまったく同じなのです」
つまり、ミニドラが完成すれば、その後の技術開発は人間の成長と同じ順番で行えるのではないかということだ。
「これまで、AIではあれができない、これもできないと言っていたことが一変して、今は「ロボットを育てる」という感覚のドラえもんづくりができると考えています」
大澤助教が目指すのは「70億人でつくるドラえもん」だ。
「AIの構築には大量のデータが必要ですが、みんなで育てることができれば、膨大なデータを得ることができます。また、人は自分が育てたものに愛着がわきますから、社会に受け入れてもらいやすくなる。技術的にも社会的にも「みんなで育てる」というのが重要なキーワードです」
今年4月に着任し研究室を持ったことで、ドラえもんづくりはさらに加速している。
「日本一の学生数を誇る日本大学で、多くの学生たちと新しい価値をつくっていきたい。その中でドラえもんづくりを発展させることができたら、大学も大きくなるし、日本もよくなる。そうイメージして、教員になるなら日大文理学部と決めていました」
大澤研究室では、すでに産学連携のプロジェクトを開始するなど、その世界は大きく広がり始めている。
現在ドラえもんプロジェクトには、老若男女、あらゆる立場の人が参加している。
「先日は、5歳の女の子から手紙が届いて、テレビ電話をしたのですが「5歳だけどドラえもんをつくる共同研究者だと思っています」とお互いに話をして、本当に元気が出ました」
70〜80代の大先輩が「友達の大澤くんだよ」と紹介してくれることもあるのだと笑う。
「僕は、ドラえもんをつくると同時に、自分の大切な仲間たちが幸せになってくれればいいなと思っています。ドラえもんは、のび太にとことん向き合って、彼を幸せにしたロボットです。人が人と向き合う力が不足している今の世の中で、それがテクノロジーとして実現できるなら、みんながみんなに向き合いながら、心に余裕を持って自己実現できるようになるはず。一人一人が幸せになった結果、より良い世界ができると信じています」
ドラえもんをつくることに意義や目的は持たないが、今の幸せのあり方を根本的に改革することはできる。それが大澤助教の描く未来だ。
原作でドラえもんが誕生したのは2112年のこと。人を幸せにするロボットの実現は、原作よりも近いにちがいない。
広報担当で本学法学部卒の小澤健祐さん(写真右)と、専任研究員の杉浦愛実さん(写真左)は、「かまってちゃん(ご本人談)」の助教にロックオンされ、口説かれて大澤研究室へ。「アリ地獄にはまった感じ(小澤さん)」「磁石のような力に引き付けられた(杉浦さん)」と語るお二人に、「もっと良い言い方ないの!?」とすかさず突っ込む大澤助教。チームワークの良さと固い絆が感じられるひとコマだった。
大澤正彦(おおさわ・まさひこ)
1993年生まれ。博士(工学)。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。
学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,500人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEEYoung Researcher Award(最年少記録)をはじめ受賞歴多数。新聞、webを中心にメディア掲載多数。
孫正義氏により選ばれた異能をもつ若手として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて「認知科学若手の会」を設立・2020年3月まで代表。
著書に 『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』。夢はドラえもんをつくること。