自分ができたこと、やってきたことを信じて、自信を持ってオリンピックに臨んでほしい。

西川大輔氏(スポーツ科学部教授/1993年文理学部体育学科卒)

スポーツ
2021年07月22日

本学からは、選手26人、スタッフ26人、総勢52人が最高峰の大会である、東京オリンピックに向かう。そんな夢の舞台に立つ選手たち、そしてそれを支える学生たちに、本学卒業生であるオリンピックメダリストから贈るメッセージと、ご自身の経験を通してオリンピックから学べること、注目したい点などをお話しいただく本企画。今回は、ソウルオリンピック、バルセロナオリンピックの2大会連続で体操団体銅メダルを獲得した、本学スポーツ科学部でコーチング学個人スポーツ論を教える西川大輔教授にお話を伺った。

東京開催だからこそ、スポーツと社会との関わりが深くなった

西川大輔教授

大阪市にある清風高校3年生のときに、体操競技でソウルオリンピックに出場。鉄棒で伸身トカチェフを世界ではじめて成功させ、さらにはあん馬で10点満点を叩き出す(当時の採点方法)などの活躍で、団体総合銅メダル獲得する。本学に進学後、4年時にはバルセロナオリンピックに出場し、日本が団体総合で3大会連続となる銅メダル獲得に貢献した。大学2、3年時には全日本選手権で個人総合、ゆか、あん馬で2連覇を果たすなど、現役時代に数々の輝かしい成績を収めたのが、現在は本学スポーツ科学部で教鞭を執る西川大輔教授だ。

「オリンピック、という大会は、人間模様のすべてが詰まっていると言えるでしょう。たった2週間という間に、毎日ドラマが生まれていきます。そのすべてを、できるだけ多くの人に感じてもらいたい。そして、感じたことを自分なりに、自分のこれからに生かしていってもらいたい。オリンピックというのは、そういう大会だと思っています」

夢や目標を持つ素晴らしさ、それに向かって努力する大切さ。時には挫折も味わいながら、それを乗り越える力を身につけること。乗り越えられなかったとしても、決してムダにはならない。困難に立ち向かった経験は、必ず自分の糧になる。それがとても分かりやすい形で見えて、世界に伝わるのがオリンピックなのである。

これは、何もオリンピックに参加する選手たちに限ったことではない。選手たちを支える人たちにも同じようなドラマがある。さらにそれを見て、自分事として感じ、行動していくことも大切なこと。オリンピックは、多くの人たちに新たな経験や体験をもたらしてくれたり、前に進むきっかけをくれる大会なのである。

そんなオリンピックといえば、やはり競技における選手たちのパフォーマンスやメダル争いに注目が集まる。だが、東京でオリンピックが開催されることが決まってから、スポーツを取り巻く環境は大きく変化した。オリンピックというものが、社会的にも大きな意味を持つようになったのだ。西川教授もこれを契機に、社会とスポーツのつながりが密接になることを期待する。

「スポーツというのは、独特な世界です。さまざまな社会をシャットアウトして、自分たちのことに集中して競技を行うことが当たり前でした。ですが、今は社会とスポーツの距離がとても近づきました。今まで以上にアスリートが発した言葉が取り上げられたり、今までスポーツに関わっていなかった人や企業が選手のサポートや大会運営などに携わるようになりました。そうしたことを通して、スポーツ界には新しい取り組みやスタイルが構築されつつあります。それはきっとスポーツにとってだけではなく、社会にとっても良いことなのではないでしょうか」

不安を残さないためにも、事前の準備を大切に

西川教授は、自身の経験を振り返りながら、オリンピックを迎えるに当たって、選手たちに伝えたいのは『準備の大切さ』だと言う。

「もうオリンピック本番を直前に控えた今は、やるべきトレーニングはすべて終えていると思います。そうすると、自然と気持ちも前向きというか、吹っ切れた状態になれると思うのです。事前の練習をあれだけやってきたんだから、という自信があるからこそ、思い切って自分のパフォーマンスに集中できるわけです」

反対に、少しでも不安を残していると、大会の規模が大きくなれば大きくなるほどこの不安がプレッシャーに変わり、思うようなパフォーマンスができなくなってしまう。少しでもマイナス要因が残っていると、試合が近づくにつれてどんどん意識が不安な部分に集中していってしまうのだ。

実は、バルセロナオリンピックで西川教授はまさにその状況に陥ってしまったと言う。

「当時、なかなかヨーロッパで使われる器具に演技を合わせることができませんでした。さらに、体操競技は対人ではなく、対自分です。私は自分と向き合い過ぎてしまい、普段はあまり気にしない部分まで気になってしまい、どんどん不安が膨らんでいきました。その結果、バルセロナオリンピック本番では大きな失敗をしてしまったのです」

バルセロナオリンピックの総合成績自体は銅メダルと良い結果だったが、西川教授個人としては、失敗したオリンピックとして心に刻み込まれることとなる。西川教授にとってオリンピックという大会は、輝かしいものではなく、失敗してしまった、というマイナスの印象が強く残った大会となってしまったのだ。

「今思い返すと、バルセロナオリンピックの前は準備の段階で不安を残したまま、大会本番に向かってしまった。それが結果として表れたわけです。だからこそ、自分が納得できる準備をしてほしいと思うのです。大きな大会になればなるほど、細かいところが気になるかもしれません。ですが、もしそういう不安があったとしても、そのほかの部分では、しっかりと練習をして準備してきたはずです。オリンピック直前の今、自分ができなかったことに目を向けるのではなく、自分ができたこと、やってきたことを信じて、自信を持って大会に臨んでほしいと願っています」

オリンピックでの経験は、誰にとってもかけがえのないものとなる

日本大学からオリンピックに出場する選手名

西川教授は、バルセロナオリンピックの失敗を取り戻そうと今まで以上に練習に取り組み、準備を重ねてきたが、「失敗した経験から、攻めるのではなく、守りに入ってしまった」と、アトランタオリンピック選考会で敗れ、オリンピックの舞台でリベンジをすることは叶わなかった。そのときは落ち込み、悔しさしかなかった。

「ですが、今はこういう経験ができたことは貴重なことで、良かったと思えるようになっています。もちろん、終わってすぐはそんなふうに考えられませんでした。でも、私が今この仕事をしているのもオリンピックがあったからです。それに悔しい経験をした私だからこそ、選手の気持ちに寄り添える部分もあります。私の経験を伝えることで、今の選手たちが救われるのであれば、私が経験してきたことはとても価値があったことなのだと思えるのです」

本学からは26人の選手が東京オリンピックに出場する。地元だからこそのプレッシャーもあるだろうが、その経験は必ず自分の人生のなかで素晴らしい輝きを放つ。西川教授は柔らかい笑顔で、優しく、選手たちにメッセージを贈った。

「私たち関係者はみんな、選手たちのバックアップをしたい、という思いでサポートしてきました。純粋に選手たちの目標を叶えられるよう、何とか力になりたい、とさまざまな取り組みを行ってきました。スポーツ科学部からも、多くの学生がオリンピックに出場します。スポーツに関わる人たちのほとんどが目標にしてきたのが、この東京オリンピックだと思います。そんな夢の切符を勝ち取ったのですから、本番では失敗など恐れることなく、思い切って良いパフォーマンスをしてほしいですね。そのための良い準備ができるように、心から祈っています」

<プロフィール>

西川大輔(にしかわ・だいすけ)

1970年6月2日、大阪府生まれ。文理学部体育学科卒、本学大学院文学研究科教育学修了。
幼少期より体操を始め、高校3年生でソウルオリンピックに出場して団体総合銅メダル獲得に貢献。4年後のバルセロナオリンピックでも団体総合で銅メダルを獲得し2大会連続メダル獲得を果たす。
引退後、日本大学高校・中学校の講師を務め、1999年からは芸術学部、2010年からは文理学部准教授を経て、2016年よりスポーツ科学部教授として後進の指導に当たる。