治療と手術
腹膜転移陽性の進行再発胃癌に対する腹腔内化学療法
腹膜転移は、腹腔内全体にがんの転移巣が広がった状態です。種が播かれたようにがん組織が散らばっていることから腹膜播種と呼ばれることも多いです。残念ながら外科的に全て切除することが困難なこと、仮に切除したとしてもすぐに腹膜再発してしまうことから、手術ではなく全身抗がん剤投与での治療となることが一般的です。この時の抗がん剤投与は“治癒”を目指したものではなく延命を目的とした治療と説明されることが少なくなく、1年程度の余命を宣告される患者さんもいらっしゃるのではないでしょうか。
いわゆる“スキルス胃癌”と呼ばれるタイプの胃癌は、無症状の段階から腹膜播種を伴っていることが少なくありません。他の胃がんと比較すると若年層に多く、特に女性に多いという特徴があります。
当院では、腹膜転移陽性の胃癌患者さんに対して、パクリタキセル腹腔内投与と全身化学療法を併用する治療を行っています。パクリタキセルの腹腔内投与が保険診療下に行えないため、自由診療としての治療となります。これまで先進医療や患者申出療養制度下で多くの患者さんに行われており、安全性が確認されているものです。非常に高い効果を示された患者さんは少なくなく、前任地の東京大学では肉眼的に腹膜転移が消失して根治手術が行われたことも多く経験して参りました。
胃がんの腹膜転移に対する本治療については、外来予約の上、直接受診して頂いても対応させて頂きます。
消化器外科外来 山下 裕玄
食道胃接合部癌に対する集学的治療
食道胃接合部とは、食道と胃を連結する部分で、この2つの臓器の境界部分ということになります。定義上は食道筋層と胃筋層の境界ということになりますが、両者を明確に区別することは難しいです。ちょうど境界線で食道側の柵状血管が途切れることが内視鏡検査(胃カメラ)で観察できますので、これを参考にして食道胃接合部を推定することになります。食道胃接合部の上下2cmを食道胃接合部領域とし、ここに“癌の中心”が存在するものを食道胃接合部癌といいます。
柵状血管と食道胃接合部の内視鏡イメージ(山下裕玄,瀬戸泰之 【術前画像診断のポイントと術中解剖認識】 食道胃接合部癌 臨床外科 2013;68:24-27 より)
矢印で示された部分が柵状血管下端となります。時計の0時から3時方向に盛り上がった部分が見えますが、こちらが腫瘍(がん)になります。食道胃接合部領域に中心が存在するがんですので、食道胃接合部癌となります。
がんが食道にありますと食道癌、胃にありますと胃癌となります。食道癌と胃癌では切除範囲が大きく異なります。食道癌でしたら食道亜全摘、胃癌ですと胃全摘が行われることが多いです。食道胃接合部癌は食道と胃の両方にまたがって存在していますので、どういった手術治療が最適であるかは議論の絶えない課題の一つです。
食道胃接合部癌から転移頻度の高いリンパ節について、近年の研究結果から明らかになってきたことは、小さな食道胃接合部癌の多くに対しては胃全摘を行わなくても転移好発領域はほぼ切除可能ということです。日本胃癌学会、日本食道学会合同で全国調査が行われた結果に基づいておりまして、2014年5月改訂の胃癌治療ガイドライン第4版からリンパ節郭清アルゴリズムは収載されております。
大きな食道胃接合部癌に対しては、胃全摘を行わなくて良いと言い切れない場合があります。胃の方に大きく浸潤していれば胃全摘が必要な場合がありますし、逆に食道側に浸潤している場合には食道亜全摘が必要な場合もあります。腫瘍が存在する範囲をいかに適切に評価するかで、最適な手術が決まってくることになります。また、手術中に予想外の腫瘍の拡がりが分かることも少なくなく、柔軟な対応を求められるタイプの腫瘍ではないかと思われます。切除範囲は図に示すような3種類に大きく分類されます。いずれの場合にも対応できる体制をとっております
(山下裕玄,瀬戸泰之 消化器外科 第41巻2号,2018より)
食道胃接合部癌は、特に高度リンパ節転移の場合には切除後の再発率が高く、結果として治療成績が十分とは言えない現状です。その場合には手術前に抗がん剤治療を先に行うこともあります。患者の年齢、社会環境、生活強度によっても、行える治療内容はかわってくるところもあります。そういったものを含めて、ひとりひとりの患者さんにあわせてテーラーメイド治療を提供致します。ご安心の上、是非当センターを受診して頂けたらと思います。
消化器外科外来 山下 裕玄
経肛門的内視鏡下手術(TAMIS:transanal minimally invasive surgery)
1、はじめに
2018年4月より医科診療報酬が改定され、経肛門的内視鏡下手術について従来のtransanal endoscopic microsurgery(TEM)に加えて自然開口部用の軟性ポート使用による内視鏡下手術すなわちTAMISが認められました。当科では日本では最初にこの方法を報告しております。
2、対象疾患と経肛門的内視鏡下手術(TAMIS)の意義
対象直腸疾患は肛門縁より6cm(腫瘍下縁)から15 cm(腫瘍上縁)の直腸カルチノイド(NET G1)などの2cm以下の粘膜下腫瘍、腺腫、早期癌ですが、内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)が消化器疾患を扱うすべての施設で施行可能というわけではありませんし、内視鏡診断技術が発達している現在でも、術前にすべて100%深達度判定をするのは容易ではありません。術前深達度T1b診断であってもTAMIS施行後にTisやT1aであったという患者様が少なからず存在します。特に男性の直腸下部早期癌では低位前方切除術における縫合不全の可能性を含め、術前診断がその患者様の入院生活を左右し術後の直腸機能•膀胱性機能におけるQOLにも大きく影響します。したがって局所切除のみである経肛門的内視鏡下手術の診断的根治的治療は非常に重要であると考えています。
3、手術手技
直腸早期癌の場合ですが、生理食塩水を腫瘍近傍の粘膜下に注入し腫瘍のリフティングを確認します(図a)。ついで腫瘍の範囲を同定しフック型電気メスで切除範囲の粘膜をスポット凝固します。超音波凝固切開装置を使用すると容易に粘膜のみを把持でき、適切な層で切離が可能です。腫瘍が腺腫やT1aと確診がもてる場合は粘膜下層での剥離で十分で、T1bを強く疑う場合は一部筋層もしくは全層切除を行います(図b)。切除後、腫瘍細胞の迷入による再発を防ぐ目的で500 ml以上の生理食塩水で十分に洗浄を行います。粘膜下層の切離であっても筋層が裂けて脂肪層が露出していることもあり、縫合は原則行うこととしています(図c)。
4、まとめ
当科では2010年より倫理委員会の承認のもと26例の直腸腫瘍に対してTAMISを施行していますが、骨盤内膿瘍などの重篤な合併症や長期フォローによる再発転移は認めておりません。経肛門的内視鏡下手術TAMISは直腸腫瘍における診断的治療の価値が高く、特に直腸カルチノイドNET G1や深達度診断に困っている直腸早期癌に非常に有用です。
消化器外科外来 林 成興