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弁慶―英雄づくりの心性史―

主君への忠義の鏡としてだけ弁慶をイメージしてよいのか。著者は近代「勧進帳」の弁慶像が明治の国家体制に縛られた「小弁慶」の芝居から抜けきれぬことを憂い、機略縦横、荒削りで人間味あふれる本来の「大弁慶」像復活を求めてやまない。

本書の魅力は、弁慶像の変化をその時代の風向き、大衆心理と結びつけて分析している点だ。中世の「義経記」に出てくる弁慶が知勇兼備の万能人として光を放ちのびのびと描かれているのに、近代の弁慶は「天皇のみ心を慮り、私心を滅してみ心のままに尽くす側近臣下の道」を説く思想劇の忠僕にすぎない。この落差の謎が、弁慶を描いた各時代の芸能著作から見事に解明されている。

主君と体制を疑わない「お人好し日本人」がたどった近現代日本の悲しみを、弁慶を国民的英雄の名で不自由な忠臣に押し込めた悲しみと重ね合わせる洞察力は圧巻である。

書籍名 弁慶―英雄づくりの心性史―
著者名 芸術学部教授 藤原成一・著
月号 2002年夏季号 No.92
価格 2,200円(税別)
出版社情報 京都市下京区正面通烏丸東入、法藏館