アスリートインタビュー

Vol.028 バスケットボール 篠山 竜青Vol.028 バスケットボール 篠山 竜青

長く厳しいアジアでの戦いを勝ち抜き、日本代表は13年ぶり5度目のW杯切符を手に入れた。
さらに来年は44年ぶりとなる五輪出場も果たす。
そこに導いたのは紛れもなく「篠山竜青」というリーダー。
「世界を驚かせたい」という言葉はすなわち、世界ランク下位からの下克上、強豪国への宣戦布告だ。

バスケットボールを文化にしていきたい

―まず日大時代のことを聞かせてください。

高3の時に各大学の試合映像を見たんですが、中でも日大は雰囲気が明るい感じだったので、自分に合っているかなと思い進学を決めました。実際、入部して雰囲気はイメージ通りで、みんな仲がいい…。それにしてもバスケットをする環境として日大は間違いなく、ずば抜けていると思います。アスレティックセンター八幡山のあの施設は、もう日本でトップと言っていいぐらいですし、寮生活でも朝夕しっかりといい食事を食べられる。そういう充実した環境の中で4年間やれたことは、アスリートとして非常に有難かったなと思います。

―卒業後、東芝に入社してプレーしますが、その時はどう思われましたか?

それこそ、小さい頃から目標にしていて、夢だった「日本リーグ」というものがついに自分の手の届くところに来たんだなという思いで、高校に進んだ時よりも大学に進んだ時よりも、とにかくうれしかった。自分もトップリーグの仲間入りができるんだという、うれしさでたまらなかったのを覚えています。

―2016年にチームがプロ化することになりましたが、その時はまた違う思いがあったのでは?

チームがプロ化するのか、それとも企業チームのままB3リーグもしくは関東リーグに所属するのか、いろいろ噂がありましたし、正直、最初は悩みました。当時はもう結婚していたので、今からプロになってやっていけるのかとか、せっかく社員で入れて5・6年やってきたのにというのもあり、どちらかというと腰を重くしていた方だったと思います。手放しでプロ化を喜べてはいなかったですね。

―プロになる決断はどうして?

最終的には妻が「プロでやっていきなよ」と言ってくれたので、それが一番大きかったなと思います。ただ、ケガをして試合に貢献できなくなると、クビになって職を失うのがプロなので、そこに対する不安はめちゃくちゃ大きかった。その分、やればやるだけお金になるし、有名になってどんどんメディアにも出ていける。そういう楽しさとか、期待感っていうのも同時にあって、両面の気持ちを抱えながらのスタートでしたね。

―子供の頃の夢はかなったと?

小さい頃は、バスケットボールで就職して、お金を稼げるようになれればいいなって程度に思っていて、今のように日本代表でもキャプテンをやるなんて想像していなかったので、子供の頃に描いていた夢は、もうとっくに通り越して、その先に行けてるという感覚はあります。でも、他のスポーツ選手と比較した時、篠山竜青と筒香(嘉智・横浜DeNAベイスターズ)選手だったらどっちが有名かとか、中村憲剛選手(川崎フロンターレ)と比べてどうなんだってなるとまだまだ、本当にまだまだですんで…。やっぱりプロ選手になったからには、もっともっとバスケットボール自体をメジャーにしていきたいし、文化にしていきたいっていう思いがどんどん出てきている、今はそういう状態です。

今季、Bリーグ中地区は川崎ブレイブサンダースと新潟アルビレックスBBが終盤まで地区優勝を争った。しかし4月、首位・新潟との直接対決に敗れて優勝を逃すと、年間王者を決めるチャンピオンシップでも、クォーターファイナルで栃木ブレックスに連敗し、2018-19シーズンを終えた。

―今季のリーグ戦を振り返ると?

シーズンが始まる時は、優勝候補として見られていましたし、何とか「3年目の正直で優勝」というつもりでやってきたので、もう本当に恥ずべき結果というか、非常に責任を感じます。これは何かを変えなきゃいけないんだろうなっていう危機感に駆られています。

―ホーム最終戦後、ファンへの挨拶で「皆さん一緒に苦しんでください」との言葉がありました。

優勝を逃した後、負けてファンの人に謝るっていうことを僕はしたくなくて。謝られてもファンの人は救われないし、それはこちらのエゴじゃないかと思うので、逆にお願いしちゃったというか、自然と口から出ました。あの言葉に対して特に反応はありませんでしたが、チャンピオンシップの時はアウェーの栃木までたくさんのファンの人が駆け付けてくれたし、すごい声援を送ってくれたので、それは本当に有難かったですね。

―プロとなっての3年間はどうでしたか?

クラブとして非常に成長できたんじゃないかと思います。企業チームからプロのクラブへと様変わりできたというか、それを進化と言うか、成長とか変化と言うのか分かりませんが、ちゃんと果たせたと思います。自分自身も、この3年間で代表活動や数字も含めいろいろと伸ばせたと思いますが、チームの結果をなかなか出せていないので、今後はやっぱり結果を求めていきたいですね。 

―来季に向けてはどう考えていますか?

​ヘッドコーチが替わり、まだ新チームが始動していないので何とも言えませんが、僕としてはもう少し気持ちを前面に出して、情熱的にというか、もっとパッションを大事にしていく必要があると思います。

2017年11月に始まった FIBAバスケットボールW杯2019(9月・中国)のアジア地区予選。日本代表は、まさかの開幕4連敗の後、怒濤の8連勝を飾り、2006年以来となる本戦出場を決めた。また4月には開催国枠ながらモントリオール五輪以来44年ぶりとなる東京五輪出場も決定した。

今シーズンから、日本大学は川崎ブレイブサンダースのオフィシャルスポンサーになった。「ユニホームの背中にも
“日本大学”が入っていますし、応援してもらえるのはうれしいですね」

―W杯とオリンピックは目標としてありましたか? 

目指していたのは「代表で活躍すること」だったんで、自分が代表としてW杯に行くとか、オリンピックに出るとかっていう状況は想像していなかったので、今この状況に対しては本当に驚いていますね。ただ、東京開催が決まったときには、やっぱり目指したいなって思っていましたし、やっと代表に呼ばれて試合に出られるようになり、W杯予選が始まったので、予選を勝ち抜くことも目標にしていました。

―W杯アジア予選は、4連敗からの8連勝でしたが、連敗後に何かアクションしたことは?

これといってないですね。でもWindow2が終わって、時期があいて6月のWindow3が始まる時に、八村(塁、ゴンザガ大)が招集され、ニック(・ファジーカス、川崎)も帰化できて、その2人が加わったことで自然と雰囲気がだいぶ変わったので、それで十分だったんじゃないかなと思います。あえて言葉で引っ張るということもせずに。

―実際に、連勝が始まってから、これはいけるなっていう手応えを感じたのはいつ?

いや、本当に最後まで分からなかったですね、もう1戦1戦必死でした。あえて挙げるならWindow6のアウェーでのイラン戦。あそこでの勝利はすごく自信になったんじゃないかなと思います。アウェーだからこそみんなで跳ね返してやろうというメンタルがすごく高まっていたと思うし、渡邊(雄太、NBA・グリズリーズ)と八村が招集できなくなり、Bリーグ組だけでどれだけやれるかって見られていましたから、「しっかり結果を出そう」ってモチベーションは高まっていました。それが良いほうに出たかなとは思います。

―W杯1次ラウンドは世界ランク上位の国々が相手。勝利への鍵はどこだと思いますか?

ディフェンスとリバウンドの部分だと思います。代表戦で苦労しているのは、セカンドチャンスを与えてしまっての失点ですし、そこからディフェンスが崩壊するっていうのが苦しむ時の流れなので、そういうところでどれだけ粘れるかというのが大きなポイントだと思いますね。

―周囲の期待がすごい高まっている中で、プレッシャーを感じることは?

周りの声はあまり気にしないようにしています。こうやって期待してもらえるのも有難いですし、結果が出なくて厳しいことを言われるのも経験していますから、自分自身と向き合うことのほうが大事だと思っているので。

―プレーヤーとして一番大切にしてることは?

何に対しても、考えてやるっていうことですかね。ただやるんじゃなくて、例えばこの練習にどんな意味があるのかとか、この試合はどういう意味があるのかとか。戦術や戦略的にもそうですけど、ただやるだけになってしまったら、もう成長につながらないと思うので、そういう点では常に頭を疲れさせるということを意識してやっています。

―他の競技の選手と話をすることは? 心に残った話はありますか?

仕事で話をする機会も増えてきましたし、そこから一緒に食事に行ったりすることもあります。W杯の出場が決まった後、中村憲剛選手にお祝いの食事会を開いてもらいましたが、正直、予選ラウンドを勝ち抜ける保証はないし、代表争いも始まっているので、「W杯の決勝トーナメントに出て頑張りますとは100%言えません。まずは競争を勝ち抜かないと」って言ったんです。憲剛選手はW杯に出た経験もあるし、代表を外された経験も両方しているから、「どっちに転んでも理解できるし、話は聞いてあげられるから、決まったらまた食事に行こうよ」って言ってくれて。それは挫折の経験があるからこそ言える言葉だったと思うし、僕にとってもすごく救われる言葉でした。W杯はもちろん大事ですけど、代表に選ばれることが全てではない、そういう何かをハッと気付かされた言葉だったので印象深いですね。中村選手もずっと代表を背負ってきた選手とは言えないですし、自分自身も今のA代表ではかなり遅咲きですから、何かそういうところで通ずるものはあるかもしれないなと思います。  

「今は、W杯で勝つことだけを考えている」

―東京五輪についてはどう思っていますか?

出られることはうれしいですが、オリンピックに向けてという前に、まず今年のW杯で結果を残さなければというのがあるので、本当にこのW杯をどうすべきかっていうことしか今は考えてないっていうのが本当のところです。

―そのW杯に向けての抱負をお願いします。

とにかく世界を驚かせられるように、自分自身にできることを精いっぱい行動で表現するっていうことだけですね。

―期待しています。

応援よろしくお願いします。

Profile

篠山 竜青[しのやま・りゅうせい]
1988年生まれ。神奈川県出身。北陸高校卒。文理学部卒。川崎ブレイブサンダース所属。ポジションはポイントガード。
小学3年生から本格的にバスケットボールを始め、すぐにその才能が開花。高校3年時にインターハイ優勝、ウインターカップ準優勝へ導き、U18日本代表としてアジアジュニア選手権に出場。日大進学後も新人戦新人王を獲得するなど主力として活躍し、2009年はU24代表としてユニバーシアード(ベオグラード)に出場、2010年インカレ優勝。4年時は主将を務める。2011年の卒業後は当時企業チームだった東芝ブレイブサンダースに加入。NBLで2度の優勝に貢献し、2014年から主将。2016年に日本代表に初招集され、 2016年から始まったBリーグ参入によりプロ選手となる。2017年11月からのW杯2019アジア地区予選は全試合に出場。Winodow2以降は主将としてチームを牽引し、13年ぶり(予選突破では21年ぶり)のW杯出場を決めた。