監督の哲学

06 ボクシング部 梅下 新介06 ボクシング部 梅下 新介

 その日のことは今でもはっきり覚えているという。2年生の時のゴールデンウイークの最中、当時の川島五郎監督に呼ばれ「脚の具合が悪そうだな」と言われ、引退を迫られた。多少の故障はしていたが、問題なくできる範囲だと思っていただけに「ショック以外、何もなかった」。葛藤の末、監督の言葉を信じて競技生活にピリオドを打った。目標だったリーグ戦出場を果たせなかったことが心残りだったが、マネージャーという肩書きもない、部の手伝いとして再出発した。

 「日大の監督の中でも、選手として結果を残していないのは私ぐらいじゃないですかね(笑)」

 卒業と共にコーチとなり、「日大の伝統を引き継ぎ、川島監督の教えを守らせるため、相当厳しくやってきた」と振り返る。一方で日本代表コーチにも抜擢され、様々な国際大会に赴いて指導の経験を積んでいった。

 監督の座を受け継いだのは2006年のこと。川島監督からは「しっかりやれ」の一言だけだったが、その「しっかり」に重みを感じた。「伝統を守り続け、繁栄させなさい」と受け止め、「学んできたことを基本に、自分の考えること、自分流をやればいいんだ」と言われたように思えた。

 監督1年目は、川島監督から学んだことをそのままやって3年ぶりに全日本で優勝した。しかし、翌年から7年間はリーグ優勝からも遠ざかる。

 「私の中では非常に大きかった。すごくもがき苦しみましたが、その7年があったから今があるのかなと思います」

 合宿所の規則や先輩後輩の関係など、少しずつ変えていったが、変えずにきたもの、変えてはいけないものがあった。それは「礼儀、挨拶です」。

 「こんにちはっ!」「こんちわっ!」…三軒茶屋キャンパスのロビーで梅下監督と立ち話をしている時、数人の学生たちが近寄ってきて大きな声で入れ替わりに挨拶をしていく。周囲の学生たちはその模様を何事かという視線で見ているが、監督は一人一人にしっかりとうなずき返す。

 「昔は今ほど徹底していなかったと思いますが、私は挨拶については、もう口が酸っぱくなるほど言っています。合宿所の中で大きい声で『こんにちは』と言えるものを、外でできないというのはおかしくないかと。大きい声でやったら周りに笑われるかもしれないけれど、将来社会でちゃんと生きていく上では、それは恥ずかしいことじゃない。そのことに自信を持ってもらいたい」

 練習中の監督は「本当に厳しい」と誰もが口を揃える。だが、試合になるとセコンドに付いて甲斐甲斐しく選手をサポートする。インターバルの間は懸命にタオルを振って選手に風を送り、最後は両手で背中を叩くように気持ちを入れて送り出す、その姿からは優しさが伝わってくる。

 「日頃厳しくしている中で、選手たちが頑張って応えてくれる。だからそれは恩返しなんです。選手たちに感謝しているんです」

 川島監督の教えを土台に、自らが歩んだ経験と信念をエッセンスとして付加したもの、それが梅下流の指導だ。

 今、選手たちからは「絶対に5連覇したい」という気持ちがひしひしと伝わってくるという。「もちろん勝たないといけませんが、そこに重きを置いていません。そこに向かうためにベストを尽くすこと。結果はその次」と話す梅下監督。「感謝の気持ち」を胸に、今日も選手たちを厳しい視線で見守っている。

Profile

梅下 新介[うめした・しんすけ]1974年生まれ。香川県出身。
高松商業高校卒。1996年文理学部卒。スポーツ科学部助教(英語担当)。卒業後7年間コーチを務めた後、2006年に監督就任。2014年からは関東リーグ戦を4連覇し、大学王座決定戦も4連覇を達成した。大学で教鞭を執る傍ら、日出学園日出高校ボクシング部顧問のほか、AIBA3 スターコーチ、JOCオリンピック強化スタッフ、日本ボクシング連盟の常務理事(強化委員長代行)、情報戦略委員などの要職も務める。