「誰もやったことがない挑戦」を これから先も。平野 歩夢 選手

決勝の試合前から、勝負を決める鍵になると言われていた「トリプルコーク1440(フォーティーン・フォーティ)」。斜め軸の縦3回転&横4回転という大技を、平野歩夢選手は過去2試合で成功させてはいたが、そこからつなぐルーティンを含めたランを完成させたことはまだなかった。果たして五輪の舞台で、ライバルたちもトリプルコーク1440に挑んでくるのか注目されたが、結果的には前人未到のチャレンジも、そのランをコンプリートしたのも、歩夢選手ただ1人だけだった。

冬季五輪での3大会連続メダルは、日本人初の快挙でもあった。

予選を1位通過して最終滑走者となって迎えた決勝。1本目はファーストヒットで五輪史上初めてトリプルコーク1440を決めたものの、4つ目のトリックで着地に失敗。2本目は、冒頭で再びトリプルコーク1440に成功すると、続く4つの高度なトリックもノーミスで滑りきり、テレビ中継の実況アナウンサーは「人類史上最高難度のルーティンが、いま初めて成功しました」と絶叫した。誰もがダントツの高得点が出るものと思っていたが、掲示された得点はトップのスコット・ジェームズ選手(豪)に0.75ポイント及ばない91.75点。予想外に伸びなかった得点に場内にはブーイングが響き、歩夢選手自身も「おかしいな」と感じたという。その時のことを後日、「構成、難しさ、高さ、バランスとすべて整っていて、今までで一番納得のできる滑りだったので、感情的には怒りが高まっていた。ただ、そこで感情を出しすぎて冷静さを失わなかったことも自分の強みだった」と話し、「それまで積み重ねてきたことに自信があったし、2本目の時点で負けていないと感じていたので、もう1回同じようにやってみたらどうなるのか、興味もあった」と、気持ちのスイッチを上手く切り替えられたと言う。

フロントサイド・トリプルコーク1440の連続写真

 結果、3本目のランでは、2本目を上回る高さ5.5mのエアーからフロントサイドのトリプルコーク1440を決めると、キャブダブルコーク1440、フロントサイドダブルコーク1260、バックサイドダブルコーク1260、フロントサイドダブルコーク1440と、2本目と同じ構成ながら完成度を高めた技をつないで再びコンプリート。この完璧なランに一体どんな得点が出るのか、会場の観衆もテレビの前の視聴者も固唾を飲んで待つ中、出された得点はジェームズ選手を上回る96.00点。金メダルが決まった瞬間、歩夢選手は手にしていたボードをやや高く掲げて控えめなガッツポーズを見せ、兄の勇姿を見守っていた海祝選手と抱擁して喜びを分かち合った。「怒りが自分の中でうまく表現できたというような気持ち。ここを獲らずに終われないというところで、やりたかったことを最後の最後に出し切ることができた」と、笑みをたたえながらインタビューに答える歩夢選手の、晴れやかな表情がとても印象的だった。

常々、歩夢選手は「誰もやったことがないものへの挑戦」を自分のこだわりだと口にする。悔しい銀メダルに終わった平昌五輪から4年、スケートボードとの“二刀流”で東京五輪2020出場を果たし、人類初のパフォーマンスで自らへの挑戦にも勝利した「五輪チャンピオン」は、この先何を目指していくのか。大会1ヶ月後に行われた記者会見でそれを問われると、「新たな挑戦に踏み出したい気持ちを持っている」と答えた歩夢選手。「毎回4年間の中で違う気持ちと違う経験を重ねてきて、自身が成長できている実感もある。次も自分自身を超えていくような4年間にしたいので、これまでと全く同じ形を選ぶより、他にできることは何なのか、この4年間以上のものがどこにあるのか、今はそれを自分の中で探したり、考えたりしている時期です」と語る一方で、「次の冬の五輪も続けていける限りはチャレンジしていきたい」と2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪への意欲を示した。

本学スポーツ科学部から東京五輪に出場した選手たちが寄せ書きをした国旗に、スケートボード日本代表選手としてサインをする平野歩夢選手。

2017年、本学スポーツ科学部に入学したばかりの頃、スポーツ日大インタビューで将来についてこう話していた。「引退するまでは、いろんなことをぶっちぎってやっていきたいですね」。スノーボードに限らず、幅広い視野をもって新たなチャレンジに取り組んでいく中で、平野歩夢選手はまた唯一無二の存在となって我々を驚かせ、感動と希望を与えてくれるに違いない。

Profile

平野 歩夢[ひらの・あゆむ]
1998年生まれ。新潟県出身。開志国際高卒。2020年スポーツ科学部卒。TOKIOインカラミ所属。'14年ソチ五輪、'18年平昌五輪でハーフパイプ2大会連続銀メダル。その後はスケートボードとの二刀流に挑戦し、'21年の東京五輪2020には男子パーク代表として史上5人目となる夏冬五輪出場を果たした。スノーボードに復帰して'22年のW杯マンモスマウンテン大会・ラークス大会で2連勝すると、X Games Aspenでも銀メダルを獲得。北京2022 冬季五輪では圧巻のパフォーマンスを披露して念願の金メダルを獲得した。