「令和3年度 監督・コーチ研修会」開催 “人間力”は人から学ぶ。

日本大学競技スポーツ審議会が主催する監督・コーチ研修会が、2022年1月19日、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえオンラインで開催されました。日本大学34競技部の監督・コーチほかが参加した今回は、昨年6月末のキャプテン研修でも講義をしていただいた、日本オリンピック委員会(JOC)・インテグリティ教育ディレクターの上田大介氏を講師に迎え、「JOCのインテグリティ教育」というテーマで講義を実施。JOCが展開する教育事業の内容とその背景、指導者として選手の育成にどう向き合っていくのかなど、“人間力”という面からのアプローチについてお話しいただきました。

時代と社会の変化への対応を図ってきたJOCの教育。

JOCでは今、2011年に橋本聖子氏が語った「人間力なくして競技力向上なし」という言葉を選手強化テーマとして掲げ、様々な教育事業を推進しています。その核となるのが、スポーツが本来的に持つ価値を高めるための概念として設けられた「Integrity:誠実性・健全性・高潔性」というキーワード。「ただ強ければいいというわけではない。人間力がなくてはいけない」という考え方に基づき2018年から本格的に始まったインテグリティ教育は、JOC認定のオリンピック強化指定選手約1,700名のほか指導者・スタッフまでを対象に、「個々の資質を向上させると共に、社会からのスポーツの信頼性を確保すること」を最大の目的として実施されています。

講義は、冒頭に上田氏から参加者に投げ掛けられた3つの質問―「あなたはどんな学生を育成したいですか?」「それをどうやって育成しますか?」「それはなぜですか?」をこの日の到達点とすることを共有し、「講義の最後に、問いへの答えのヒントを見つけてもらえたらいいなと思います」と呼び掛けてスタートしました。

最初に話があったのは、JOCがインティグリティ教育事業に取り組むきっかけと、これまでの展開の経緯、および日本代表レベルのトップ選手たちから、裾野となる地域レベルまでを視野に入れて段階的に設けられたプログラム編成について。さらに「なぜこうした教育が必要なのか」「スポーツの価値とは」「スポーツの価値をどうやって守っていくか」と言う点を深掘りしていき、スポーツ界での不祥事やコロナ禍における東京2020五輪開催の賛否など、スポーツを取り巻く環境が変化し、スポーツの価値が脅かされている現状に対し、社会からの信頼を確保するため、スポーツの価値を守っていくために教育活動が必要であると説明がありました。スポーツの価値とは何か。それはすなわち “スポーツの持つ力”であり、社会に示された印象的な例として2011年の東日本大震災直後に開催された選抜高校野球大会を取り上げた上田氏。同年の女子サッカーW杯優勝という快挙と共に振り返り、「彼らの絶対にあきらめない戦いは、多くの日本人に勇気や希望を与えました。まさにそれがスポーツの力です」と話し、さらに「東京2020五輪で掲げられた『スポーツには世界と未来を変える力がある』というビジョンこそ、我々が守らなくてはならないスポーツの価値だと言えます」と続けました。

また、アスリートとして求められる人間力を高めていくために、JOCでは教育プログラムの改善を継続的に行ってきたと説明。当初3つしかなかったアプローチ手法は順次増やされ、昨年度は18のアプローチ手法で展開されるものとなっていますが、そのポイントは教育のベースとして“対話”を採り入れたことでした。従来のような押し付けの教育では選手たちが耳を貸さないため、選手たちが話を聞きたくなるような仕組みとしてアクティブラーニング方式を採用。「君はどうなりたいの?」から始まり、「それはどういうこと?」「そのために何が必要なのか?」と問い掛けていくことで、選手自身の学びたいと言う気持ちを呼び覚まし、そのタイミングで研修会を設けて多くの学びを吸収させていきました。加えて学びをその場限りのものとしないよう「アスリート宣言」という形で残すことで、「選手自身も、言ったからにはやらなければいけないという責任感が生まれてきます」と話す上田氏。「そういう新しい教育的アプローチをすべてのプログラムに落とし込んでいます」というJOCでは、自らもスポーツを支えるスタッフの1人であるという考えから、全員が選手たちと同じ教育プログラムを受講し、同じ目標を掲げてそれぞれの立場で何が必要かを考え直す機会を設けてきたと言います。
さらにJOCでは、将来を見据えた新たな取り組みとして、「JOC Vision 2064−スポーツの価値を守り、創り、伝える」を東京2020五輪の直後に発表。JOCが長期的に追い求める“ありたい姿”を表したもので、「東京2020大会を見た子どもたちが、未来の社会を動かす中心にいてほしい」という思いが込められています。
※1964年の東京五輪から100年となる2064年をビジョンの名称に引用。

コロナ禍の中での教育、人間力の高め方とは。

JOCが展開する、スポーツに対する社会からの信頼を取り戻すための教育。そのミッションにおけるキーワードとして上田氏が口にしたのは「やっぱりスポーツっていいね」という言葉でした。それはコロナ禍により多くのスポーツが活動を停止し、その後活動が再開した時にスポーツを待っていた人たちから出てきたものであり、JOCにおいても今後そこを明文化していくことが必要だと感じていると言います。「スポーツをする人はメッセージ性のあるプレーをして、見る人へ勇気と希望を届けてほしい。ふだんから支えてくれる人には感謝の気持ちを形で伝えてほしい。それが日本を代表するアスリートに求められる具体的な取り組みだと思います」と熱く語る上田氏は、「参加してくれる若い指導者やアスリートたちの声を活かして、アイデアをどんどん形にしていこうと思っています」と新たなプロジェクトの立ち上げにも積極的な考えを示しました。

最後に『日本大学競技スポーツ宣言』を読み返した上田氏から、「そこに記された1つひとつの言葉を、日々の活動の中に落とし込み、実感しながら体現していってほしい。各部から素晴らしいアスリートが排出されることを願っています」とエールを贈っていただき、「全員が同じベクトルを向いていなければ、価値を上げることも信頼を取り戻すこともできません」という金言と、「今日の講義を参考に、皆さんの理想像を突き詰めていってほしいと思います」との言葉で終了となりました。

続いて行われた質疑応答で、「人間力を育てるためのアプローチとは?」という問いに対し上田氏は、ナショナルトレーニングセンターを訪れるアスリートたちとの対話手法と共に、「夢はもつだけじゃだめ。大切なのはどうやってそこに向かうのかまでを落とし込んでおくこと」という競泳・入江陵介選手の言葉や、2018年の平昌冬季五輪で人間力あふれる行動をとったスピードスケート・小平奈緒選手を紹介。そして「人間力を高める有効な手段は、競技力を高めるために誰もがやってきたことと同じ。人のことを見る、真似ることであり、それを繰り返し取り組み続けていくことです。指導者の皆さんには、学生の視点に立って問い掛けていってほしい」とお話しいただきました。

また、「日本ではスポーツが文化として根付いているのだろうか?」という体操部・水島宏一監督からの質問には、「文化になっているという意見がある一方、文化ではないという考え方もできる。ではスポーツを文化にするにはどうすればいいかを考えて、努力し続けることが必要だと思います」と回答いただきました。

今回の講義を通じて「選手はもちろん、指導者・スタッフのすべての人の人間的成長こそが競技力を高めるための礎になる」ということを出席者全員が改めて認識するところとなり、今後の指導の在り方、選手たちとのコミュニケーションにおけるヒントを多々得るものとなりました。

Profile

公益財団法人 日本オリンピック委員会
選手強化本部インテグリティ教育ディレクター

上田 大介氏[うえだ・だいすけ]
1982年生まれ。広告制作会社を経て2009年にTRENSYSを創業。ウェブマーケティングに取り組み、企業の宣伝・広告・販促・広報のディレクションを担当。2012年より研修講師として経営者、ビジネスパーソン、プロスポーツ選手を対象にソーシャルメディアがもたらす影響やリスク・効果的な活用法を伝える活動を行う。2018年よりJOC選手強化本部のインテグリティ教育ディレクターを務める。