裾野赤十字病院栄養係長(短期大学部食物栄養学科卒)
病院や学校などで患者や生徒・児童の健康状態に合わせて栄養素のバランスを考え、必要エネルギーを計算し、献立を決める栄養士。大学などで所定の単位を取得すれば免許を得られる。
より高度な専門知識が必要な管理栄養士になるには国家試験合格が必須だ。栄養士として病院に勤務しながら勉強を続け、国家試験にパス。その後も大学院で医療栄養学の学位を取り、医療現場での勤務の傍ら、母校で非常勤講師として教壇に立つ菅沼志保さんに話を聞いた。
裾野赤十字病院栄養係長 菅沼志保氏
―普段のお仕事の内容を教えてください。
患者さんを対象にした栄養管理と栄養指導です。栄養管理は健康状態を把握した上で、個々に合った食事の内容を決めます。60~70人を2人の管理栄養士で担当しています。
栄養指導は入院、外来の患者さんのほか、自宅訪問でも行います。飲食物がうまく飲み込めない嚥下障害や糖尿病の方に何をどのように食べたらいいかアドバイスすることが多いですね。指導の回数は月に20件ほどです。
―栄養士を目指すきっかけは。
最初は短期大学部文学科の国文専攻を出て、一般の企業に就職しました。経理担当として4年ほど勤め、体調を崩してしまいました。食欲が湧かない、元気が出ないと悩みましたが、そこで「食」の大切さに気付いたのです。
退職して改めて食物栄養学科に入学し、若い学友に仲良くしてもらいながら勉強し、栄養士の資格を取りました。
働くうちに自分にできる業務の幅を広げたいと思い、管理栄養士に挑戦することにしました。ありがたいことに当時、短期大学部で養成講座が夜間に開かれていて、仕事が終わった後に受講しました。
プロの管理栄養士としてさらに知識を深めようと東京の大学院に土日を利用して通い、論文を書いて医療栄養学の学位を取得しました。
―苦労ややりがいはどんなところに感じますか。
栄養士はあくまで裏方で地味な仕事です。食事は「出てきて当たり前」と思われているし、薬のような即効性はなく、リハビリのような目に見える成果も期待できません。
しかし私たちの身体は食べたものでできています。すぐに影響は出なくても、数年後、10年後を着実に左右します。だから逆に「すごく怖い」と感じます。
病院食に対する偏見を取り払うために見た目や盛り付けにも工夫をし、患者さんと食事の時間を共有するようにしています。「ここの病院の食事はおいしいよ」などと声をかけてもらうとうれしいですね。食事療法についての理解が得られたときなどもよかったとしみじみ思います。苦労よりやりがいを感じる方が多いです。
―本学での学生生活はいかがでしたか
国文専攻の時はあまり勉強をしませんでした。「短大くらい出ておかないと」という漠然とした思いで入学し、目的意識もありませんでした。
食物栄養学科の時は若い学生と、リポートの提出の仕方などを教える代わりに新しい情報を聞くなど、ギブアンドテイクの関係でうまくやっていました。
当時、調理器具の扱いなどでよく先生方に怒られました。今は私が厨房で同じことを注意しています。
目的意識があると学びの意欲が自ずと変わってきます。そんな姿勢が周囲の教職員の方々にも伝わったのかもしれませんが、今の病院に勤めることになったのも、わざわざ三島の就職指導課から「住まいの近くで求人がある」と電話で教えてもらったのがきっかけです。
―本学の魅力は何でしょう。
他大学の実習生を預かる機会がありますが、日大生は生き生きとして自由な雰囲気があります。やらされているという感じがなく、やる時は自らやる。自主創造の精神が生きています。
趣味は7年ほど前に始めたゴルフですが、周辺のゴルフ場で大学や高校のゴルフ部の学生をよく見かけます。会うとあいさつしてくれるし、明るいですよね。
非常勤講師として新たに学ぶことが多い日々ですが、現在もご指導くださる先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。
―後輩へのメッセージをお願いします。
私は遠回りをしましたが、やってきたことは全てつながっています。食物栄養の勉強を重ねたことはもちろん、国文専攻で教員免許を取ったことも、講師として非常に役に立っています。
管理栄養士の仕事は短期で効果が出るものではありません。皆さんも勉強の成果がすぐに出なくても、何か違うと感じる時があっても、あきらめずにやり通してほしいと思います。今置かれている環境で頑張っていれば、必ず道は開けます。
菅沼志保(すがぬま・しほ)
1977年 静岡県裾野市生まれ
1997年 本学短期大学部文学科卒
2004年 本学短期大学部食物栄養学科卒、
栄養士免許取得、
裾野赤十字病院に栄養士として入職
2012年 管理栄養士免許取得
2020年 東京医療保健大学大学院修了
2021年 本学短期大学部食物栄養学科非常勤講師