「2025年度日本大学進学ガイド」
インタビュー

各学部の知を結集して災害研究を推進
日本大学のスケールメリットを生かし,
大規模な実証実験に成功

理工学部 建築学科 教授

山中 新太郎

PROFILE

1992年日本大学理工学部建築学科卒業。2001年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。博士(工学)。2007年日本大学理工学部建築学科に着任。2019年4月より現職。令和4年度日本大学特別研究 研究代表。『日本大学災害研究ソサイエティ』では,世話人として各学部のハブとなり,研究推進の中核を担っている。

オール日大だからこそ実現した実証実験

日本大学には,文理の垣根を越え15学部26学科約50人(2023年12月時点)の研究者が共同研究を展開する『日本大学災害研究ソサイエティ(通称:NUDS)』という組織があります。災害に強い社会づくりを目指し,これまで各種調査や研究発表,自治体との意見交換など,さまざまな活動を行ってきました。
この組織の強みは,多様な学部の研究者が参加していることにあります。そもそも災害研究というのは文系・理系などは関係なく,現在も医学や法律,芸術などあらゆる専門分野の視点からアプローチする複数の共同プロジェクトが進行中です。それは各学部の教員たちが切磋琢磨している,ということだけではありません。災害研究の現場に学生が立ち会える機会にもなっていて,人によっては災害研究をテーマに卒業論文を書いたり,教員と一緒に調査に赴いたりと,よい学びの場にもなっています。この環境を生かして,いずれは「災害研究の日大」と呼んでもらえるようブランドを確立していきたいと思います。
我々の中核となるプロジェクトとして設立当初から進めているのが,災害時避難行動支援システム『災害用パーソナル・アラート(通称:PAD)』の研究開発です。その名称の通り,災害発生時に個々の住民や居住地域に合った避難情報を各自のスマートフォンなどに伝達し,適切に避難できるよう支援することを目的としています。2023年9月には『災害用パーソナル・アラート』の実証実験として,船橋キャンパスで同システムを活用した避難訓練を実施しました。理工学部と短期大学部の1年次生合わせて約2,000人がこの実験に参加。さらに,複数の研究室から30人以上の学生が運営サポーターとして協力してくれました。教員の補佐はもちろん,芸術学部の学生に至っては避難訓練を取り上げた本格的なニュース風の動画を当日撮影するなど,まさに「オール日大」だからこそ実現できた実証実験・避難訓練だったと言えるでしょう。

大きな成果は「避難者の行動履歴」を得られたこと

従来は一斉・広域に出される災害避難勧告ですが,前述の通り『災害用パーソナル・アラート』では個々のユーザーに合わせた最適な避難誘導を実現することを目指しています。その第一段階として,実証実験では大人数の避難データを取得すること,そして避難時の人の動きを可視化することを主な目的としていました。
避難訓練は,専用アプリをスマートフォンにインストールするところから始まりました。避難開始の合図とともに通知がアプリに届き,学生は表示される地図上のルートに従い移動します。そして避難場所へ到着したら二次元バーコードを読み込んでもらう,またはGPSの位置情報を報告してもらうことで,どこへ誰が避難したかのデータを取得しました。
今回の大きな成果は,学生たちの行動履歴を数千人規模で取得できたということ。というのも,実は「避難者の動き」というのはこれまで一番解明されていなかった部分なのです。避難所に住民がどれくらい避難しているのか,自治体は災害時にリアルタイムで正確に把握できておらず,それは支援物資の確保や避難所の混雑具合にも影響します。そういった意味でも,避難者の行動履歴を残せたことは非常に大きな前進でした。
一方で,いくつかの課題も見えてきました。避難中はルートが表示され続けていたほうが便利だろうと考えていましたが,馴染みのある土地での避難であればそうとも限りません。違うサインが表示されたり,困ったときに誰かとコミュニケーションできたりする機能があったほうが有益かもしれないのです。ほかにも,学生へのアンケート調査からUIに関する課題(画面の〇〇が見づらいなど)や「この案内が来なかった」といったシステム面の課題など,多くの改善すべき点がわかりました。
システムをよりパーソナライズしていくことも今後の目標です。今回は学生への一斉通知で始まった訓練ですが,「●●学科は5分前に避難を開始してください」「▲▲学科はあと10分したら避難してください」と,全体の混雑状況を見ながら避難開始の通知を個々へ向けてできるようにしていきたいと考えています。また,『災害用パーソナル・アラート』のホストアプリ上で起動ができる,別の機能をもったミニアプリを開発・実装することも可能です。現在,応用情報工学科の教員が学生と一緒にミニアプリを作っていて,災害対策シミュレーションゲームやSOSアプリといった面白いアイディアを形にしています。スマートフォンアプリ自体も,いろいろな人の協力によってどんどん発展していってくれたら嬉しいですね。

地域にも広がる研究の輪

私は東日本大震災の災害復興にも参加していましたが,そのとき「災害によって全てを失わないよう,あらかじめ再建できる形を作っていくことが大事なのではないか」と強く感じていました。震災の研究をしていてわかったことなのですが,自分の住んでいるエリアではない避難所,あるいは仮設住宅に行くことになった避難者は,かなりの率で住んでいた場所に戻ってきません。私が支援していた漁村地も同様で,「あのエリアにもっと避難所や仮設住宅は作れなかったのか」「復興も見据えて事前に避難の計画まで考えられればよかったのかもしれない」と,未だに思うところではあります。震災によって地域の人が別の場所へどんどん移ってしまえば,その分再建も遠のいてしまうでしょう。自分たちが住んでいる大切なエリアまでも奪われないよう,しなやかに災害に対応していく術を考えていくべきだと感じますし,私の研究はそのためのものでもあります。避難と復興は別のものと考えがちですが,実は避難から復興は始まっているのです。
災害時に避難する人たちの中には,避難行動要支援者の方々もいます。『災害用パーソナル・アラート』を通じ,支援する側に情報を提示できるようにして,将来的には「共助」を促す仕組みづくりに発展させていきたいと考えています。その際に重要となるのが,システムをしっかりと地域に根付かせること。そこに日本大学の強みがあると考えています。千葉県我孫子市とは2022年に防災や災害研究に関する包括的な協定を結び,具体的な取り組みについて検討している段階です。そして,2023年10月には佐野市・佐野日本大学学園・日本大学で三者協定を結ぶなど,自治体はもちろん関連校にまで研究の輪が拡大中。佐野日本大学学園の中高生たちは災害について高い関心を持っていて,それは地域へもよい影響を与えるきっかけになるでしょう。中高生と一緒に地域住民に何かを投げかけるようなプログラムができないか,あるいは中高生に学習の機会をどのように提供できるかなども思案中です。地域に広がる日本大学ならではのつながりを生かして,ユニークな研究成果をつくり出していきたいと思います。