「2025年度日本大学進学ガイド」
インタビュー

効果の高い新たなBCGワクチンを開発し,
将来的な感染症に備えた開発のプラットフォームをつくる

医学部 医学科 教授

相澤 志保子

PROFILE

2002年日本大学医学部卒業。2008年日本大学大学院医学研究科病理系感染制御科学専攻修了。2002年から日本大学付属板橋病院産婦人科等で臨床医として医療に従事したのち,日本大学医学部病態病理学系微生物学分野に着任。2024年4月より現職。専門は生殖免疫学,感染免疫学。日本臨床免疫学会等にも所属。

ワクチン開発で新たな感染症に備える

新型コロナウイルス感染症をはじめ感染症は,健康面はもちろん,社会的・経済的にも私たちの生活に大きな影響をもたらします。その感染症にどのように向き合い対応していくのか考える必要があります。そのために私が従事しているのがワクチン開発です。なかでも世界3大感染症のひとつである結核に注目し研究を進めてきました。結核は地球上でも感染者が非常に多い病原体と言われており,日本もかつてはまん延国でした。ここ数年で日本国内の罹患率は減少しており,先進国の中では唯一の低まん延国になりましたが,世界的には依然として微増傾向にあります。結核に対しては,古くからBCGというワクチンが使用されてきました。BCGは乳幼児の結核重症化の予防には効果的ですが,成人の結核予防効果は限定的です。また,日本でも世界でも非結核性抗酸菌(NTM)の感染者数が増加傾向にあることが課題となっています。NTMは結核よりも薬が効き難く治療が難しいとされています。
そこで,私は新しい結核・NTMワクチンの開発に挑戦しています。BCGは弱毒生ワクチン,すなわち病原性を失った生菌のワクチンです。免疫には自然免疫と獲得免疫の二つがあり,獲得免疫には液性免疫と細胞性免疫があります。生ワクチンは液性免疫と細胞性免疫の両方を誘導でき,自然感染に近い免疫が得られ,長期にわたる効果が期待できるというメリットがあります。これら生ワクチンであるBCGは,適切なプラスミド(染色体とは別に存在し,独立して複製可能な細胞内の小さな環状DNA)を用いるとBCGに新たな抗原を発現させることができます。私は,BCGにNTM由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを組み込んで,新しい組換えBCG(rBCG-Mkan85B)を作製しました。これまで作製されてきたBCGワクチンの多くは,結核由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを用いていましたが,今回NTM由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを組み込んだことで,オリジナルのBCGに比べて約9倍ものAg85B抗原を発現させることができました。実際にこのワクチンを接種したマウスでは,従来のBCGよりも効果的に結核菌の感染を抑えられることが確認されています。この技術はNUBICを通じて特許を取得しました。
これを応用し,COVID-19を含めた結核やNTM以外の新興・再興感染症,難治性感染症に対するワクチンの開発を試みています。通常,ワクチン開発には長い年月がかかります。コロナ禍でCOVID-19ワクチンが早い時期に実用化されたのは,COVID-19が流行する以前からmRNAワクチンの研究が進められてきたからです。こういった研究は,感染症から国,あるいは人類を守る上で非常に重要なプロジェクトの一つだと捉えています。将来の新たな感染症流行に備えて,迅速にワクチン開発ができるように,ワクチンの開発の研究を続けています。

迅速な情報発信で社会へ還元

また,母子感染に関する研究も行っています。感染症が妊婦に及ぼす影響や胎児・胎盤への影響を解析しています。お母さんが感染症にかかっても,必ずしも胎児には感染しないので,胎盤には何らかのバリア機能があると考えられています。コロナ禍では,102例の症例を収集し解析を行いましたが,分娩時に母体がCOVID-19に感染していた場合,胎盤でウイルスが検出されても胎児・新生児への感染は見られませんでした。インフルエンザウイルスにおいても同様の調査結果が出ており,胎盤でのウイルスゲノムの複製は抑制されていると考えられます。一方で,母体から胎児・新生児に感染するとされている風疹に関しては,胎盤からはウイルスはほとんど検出されないことが分かっています。この胎盤のメカニズムを解き明かすことで,新たな治療法や予防法を見つけるヒントになるのではないかと,より詳細な解析に取り組んでいます。
これらの基礎研究は,一朝一夕に人々の生活に役立てられるものではありませんが,少しでも社会に還元するため情報発信を行っています。コロナ禍では,新しいワクチンを接種することに不安に感じた人も多かったと思います。そういった不安を少しでも解消するため,日本産科婦人科学会,日本産婦人科感染症学会の一員として,分かりやすくQ&A方式にまとめてWebで公開するなど工夫を凝らしました。日々変わる状況に対し,最新かつ理解しやすい情報を届けることで,人々の健康を守る一助になればと考えています。

One Healthで世界の健康を考える

感染症対策においては“One Health”の考え方のもと,多岐にわたる分野の専門家が協同することが重要です。“One Health”とは,ヒトと動物,それを取り巻く環境は相互に密接につながっていると捉え,これらの健全な状態を守るために分野横断的に解決に取り組もうとする考え方です。私たち人類は環境の中で生きているのですから,ヒトの健康だけを考えていては本当の健康にはたどり着けません。私の従事する微生物学だけではなく,医歯薬学,獣医学,法学,経済学,危機管理学,教育学,情報科学など,幅広い分野の専門家が結集し,分野を横断した協同体制をとることが求められています。例えば法学や経済学は,感染症が拡大した際の行動規制や出入国の法的な措置などで重要になります。コロナ禍で注目された建物の換気の仕組みなどは,建築学が生きるでしょう。このように,ありとあらゆる分野が関わって取り組む必要があるのです。その点で,日本大学には,各分野の専門家が揃っており,広範な研究を進められるスケールメリットがありますから,多分野と連携しながら感染症に対応できる社会の実現を目指したいと思います。
日本大学医学部の微生物学教室は非常に多彩で,さまざまな病気に対する免疫応答について幅広く研究を行っています。病気を起こす微生物には菌,ウイルス,真菌,寄生虫などがありますが,そのすべてを扱う研究者が在籍しているのも特徴です。海外出身の研究者も多く,地球規模の課題にグローバルに,一丸となって取り組める環境があります。

研究者に求められる常識を疑う姿勢

これから医学の道を志す皆さんには,視野を広く持つことと,常識を疑うことを大切にしていただきたいと考えています。自分が今知っている世界だけで人生を決めつけてしまわず,知識を身に付け,幅広い世界に目を向けようと心がけることで,医学部に進んだ先で何をしたいかということが見えてくると思います。また,常識を疑うというのは,研究者としての私のモットーでもありますが,発想を広げるために重要な視点です。「Think Zebra」というたとえ話があります。家の外からヒヒーンと鳴き声が聞こえた時,普通は「馬がいるな」と考えます。臨床医であれば,最速で最適解にたどり着く必要があるためその考え方が求められるのですが,研究者の場合は「馬だろうか,いや違うかもしれない。シマウマかもしれない」と考えなくてはならないのです。常にさまざまな可能性に思考を巡らせながら,発想を広げて取り組むことが,研究を前に進めるための重要な一歩になります。直接患者さんに寄り添う臨床医はもちろん,学問の探究を通して人々の健康に貢献する医学研究の道もぜひ視野に入れてみてほしいです。