『日本でいちばん盛り上がる大会』と呼ばれていたインカレが帰ってきた。会場には大歓声が響き渡ると同時に、笑顔と涙が満ちあふれた。これこそがインカレである。そんな4日間を戦い抜いた、“日本大学水泳部”の戦いを振り返る。

チーム一丸となって戦い抜いた4日間

『どこよりも熱いチームを作りたい』

村田迅永男子主将(文理学部4年/飛龍)のその思いは、いつの間にかチーム全員に伝播していた。第99回日本学生選手権水泳競技大会競泳競技(競泳インカレ)を終えて、村田主将は話す。

「目標としていた天皇杯(男子総合優勝)3連覇はできず、準優勝という結果に悔しい思いもあります。でも、このインカレに向けてチームがたったひとつの目標に向かって、みんなが同じ思いで頑張ってきて、団結することができました。本当に、最高のチームだったと思います」

チームは男子総合成績は2位、女子総合成績は10位という結果となった。ただ、大会2日目には「予想外だった」と、ライバル校たちを抑えトップにも立った。もっと苦しい戦いを強いられることを予想していたが、それを上回る活躍を選手たちが見せてくれたのだ。村田主将の情熱に当てられて、チーム日大が熱く戦い抜いた4日間を振り返る。

若手の活躍で初日から最高のスタートを切る

初日、早速今の日本大学を支える個人メドレー陣が出陣。世界水泳選手権代表の小方颯(スポーツ科学部2年/日大高)と本多灯(スポーツ科学部4年/日大藤沢)のふたりが魅せた。

前半からこのふたりが飛び出してレースを牽引。タッチの瞬間まで勝負が分からない大接戦を制したのは、小方だった。4分12秒50での初優勝に笑みがこぼれた。一方連覇を狙っていた本多は、小方に100分の8秒差というツメの差で敗れたものの、4分12秒58の2位に入り、日大ワンツーフィニッシュで勢いづけた。その影に隠れてしまっていたが、4年の藤田斗優(スポーツ科学部4年/東福岡)も決勝に残って7位に入賞。この藤田の7位が初日の総合成績に貢献した。

さらにはワールドユニバーシティゲームズ代表の柳本幸之介(スポーツ科学部2年/日大豊山)は、100m自由形で予選から自己ベストを更新。決勝ではさらにその記録を上回り、49秒05で2位表彰台を獲得した。

主力が初日から好スタートを切ると同時に、自己ベストを更新してチームを盛り上げたのが、200m背泳ぎの伊藤智裕(文理学部3年/日大豊山)。決勝でこそ6位入賞という結果ではあったが、予選で1分58秒61の自己ベストをマーク。

そして忘れてはいけないのが、男子1500m自由形予選だ。インターハイチャンピオンの碓井創太(危機管理学部1年/日大豊山)が15分25秒66の5位で決勝進出を果たすと、自己記録を10秒更新する大ベストで武井律己(法学部1年/日大豊山)も6位で決勝に進出。武井は従来の記録だと決勝ラインに届かなかったが、ベストを大幅に更新する泳ぎでの決勝進出にチームが大いに沸いたのは言うまでもなかった。

本多の活躍もあり2日目を終えて総合トップに

予想以上の成績を収めたことで、初日の総合成績は2位。予想では、この2日目が踏ん張りどころであった。

そのなかで、しっかりと役割を果たしたのが200mバタフライ。本多は1分53秒76の大会新記録で優勝。個人メドレーは叶わなかった4連覇という夢を、得意のバタフライで叶えることができた。「4連覇がこんなにうれしいと思いませんでした。最高です」と頬を緩めた。

さらに、今年は元々得意とする個人メドレーを捨て、バタフライに専念した寺門弦輝(スポーツ科学部3年/昭和学院)も1分54秒80の自己ベストを更新して2位。初日に続き、またしても日大がワンツーフィニッシュを勝ち取る結果となった。さらに予選では14位ではあったが、1分58秒95のB決勝1位を奪い取ったのが北川凜生(法学部2年/日大豊山)である。彼の活躍がひとつ、この2日目のターニングポイントであったのは間違いない。

また、初日の100mで2位だった悔しさを晴らしたのが、柳本だった。200m自由形決勝で前半から積極的に攻める。100mでベストを更新したことでスピードがついているのは分かっていたからこそ、自信を持って攻めることができた。その結果、1分47秒46と自己ベストにあとわずかに迫る好記録で優勝。入学以来ケガや故障に悩まされ、思うように練習ができなかった時期も長く、苦しい日々を過ごしていた柳本。それだけに、長いトンネルをくぐり抜けて辿り着いた先の優勝に、何度もガッツポーズを繰り返して喜びを爆発させた。

その柳本と本多、小方、そしてインターハイ100mチャンプの森本勇気(文理学部1年/九州学院)で臨んだ4×100mリレー。優勝は果たせなかったが、接戦を制して2位に滑り込む健闘を見せた。

「2日目の時点では、もうライバル校に大差をつけられている予想だった」と村田主将。その予想を覆す、男子総合成績トップに立ち、大会2日目を終えたのであった。

小方が2冠を達成して勢いづける

大会後半戦の3日目ともなると、選手たちの疲労も少しずつ溜まり始め、泳ぎに精細を欠く場面が見られ始めるもの。だが、日大はさらに勢いを増すかのような泳ぎを披露。200m個人メドレー決勝。初日の400mを制した小方が、この種目でももはや敵なしの圧倒的な強さを見せつけ、1分57秒49で優勝して2冠を達成した。

「ただ強くなりたいという一心で練習してきました。優勝したこともそうですが、57秒台で泳げたことがうれしいです」(小方)

100m背泳ぎでは、伊藤が200mで自己ベストを更新した勢いそのままに、この種目の予選で55秒11の自己ベストを叩き出す。決勝ではさらに記録を伸ばし、55秒01で7位入賞を果たした。田中雄貴(文理学部2年/日大豊山)も55秒79の自己ベストでB決勝に進出を果たし、そのB決勝では6位に入ってしっかりとチームに得点をもたらした。

さらに400m自由形では1500mで大ベストを出した武井はまたもベストを更新。3分53秒68で予選7位で決勝進出を果たす活躍を見せた。

バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の総合力が問われる伊藤、小方、本多、柳本で臨んだ4×100mメドレーリレー。第2泳者の小方の時点では1秒以上あった差を本多、柳本で一気に詰めるも、わずか0秒24届かずの2位。だが全員が最高の力を出し切ったのは、ラップタイムが証明しているが、悔しいことには変わりない。

『この悔しさは最終日にぶつける——』

3日目を終えて総合順位も2位となった日大は、いよいよ勝負の最終日に挑む。

“8継”を制して大会を締めくくる

最終日の朝、まだ選手たちもまばらな会場に、村田主将を中心とした面々が集まり声を響かせる。

『最後まで諦めず、自分の力を出し切る』

円陣を組み、ワンパでチームを鼓舞する姿からは、そんな決意がはっきりと見て取れた。

この最終日のハイライトは、100mバタフライと4×200mリレーである。特に4×200mリレーは“8継”と呼ばれ、大会の締めくくりにふさわしい盛り上がりを見せる種目だ。

予選を1位で突破した寺門、そして同着8位となり、決勝進出をかけたスイムオフに臨まなければならなくなった北川。大会ももう最終日で疲労もあったが、このスイムオフで北川が前半から攻める。記録よりも勝負が優先されるスイムオフにおいては、相手の出方を伺い、力を溜めて後半に勝負を仕掛けるのがセオリーである。だが、北川は攻めた。ここに、村田主将イズムがしっかりと継承されていることが証明されていた。全力で、やれることをやりきる。自分が選手として戦えないのであれば、全力でチームを支える。そんな村田主将の姿が、レギュラー選手たちを奮い立たせたのだろう。北川は見事スイムオフを制して決勝進出を決めた。

その決勝では、寺門が51秒65の自己ベストを更新して優勝を果たし、雄叫びを上げた。北川はこの日3本目のレースとなったが踏ん張り、順位を2つも上げる6位入賞しチームに大きく貢献した。

そして大会を締めくくる4×200mリレー。メンバーは本多、柳本を第1泳者、2泳者に配置する先行逃げ切り型。第3泳者には100mバタフライを制した寺門を置き、アンカーは瀬良紘太(スポーツ科学部3年/日大豊山)。

この戦略がはまり、本多がトップで戻ってくると、そのリードを柳本が広げ、寺門、瀬良が最後まで逃げ切って勝利。今大会、日大がリレーをはじめて制覇し、チームの盛り上がりも最高潮を迎えて4日間の戦いを終えた。プールサイドで声を張り上げ、最後まで応援しチームを支え続けた村田主将の目は涙で濡れていた。

泳心一路を胸に天皇杯奪還を

結果、男子総合成績は2位。目標に掲げていた天皇杯3連覇、そしてリレー3種目制覇は達成できなかった。だが、チームの表情を見ていると、皆が満ち足りた表情を見せていた。悔しさもある。後悔もあるだろう。だが、最後までやりきったのである。戦いきったのである。村田主将は、激闘を繰り広げた4日間をこう振り返る。

「厳しい戦いになることは選手たちも分かっていました。不安もたくさんあったと思います。そのなかで、選手たちは本当に頑張って結果を残してくれました。レースを見る度にすごいな、と感動ばかりでした」

村田主将は、一度も“本当のインカレ”を経験していなかった。2020年から新型コロナウイルス感染症の拡大が始まり、声を出したり、OB、OGをはじめとする観客が会場を埋めることなく、ただ黙々と泳ぐ試合ばかりだった。

だが、4年目にしてようやく、本来のインカレが戻ってきた。会場には選手たちの声が響き渡り、応援に熱がこもる。特にリレーの時は、会場に流れる音楽やアナウンスをかき消すほどの大声援に包まれた。そんな“本当のインカレ”を経験したことで、後輩たちはさらに強くなってくれるはず、と村田主将は力を込めて話す。

「今回のインカレで、日大にはチームのために頑張れる選手がたくさんいることが分かりました。それは、チームが強い、という証だと思うんです。そんな頼もしい後輩たちが揃っているのだから、きっと天皇杯奪還を成し遂げてくれると思います」

村田主将の声は、心なしか弾んでいた。期待感とともに、4日間戦い抜いた充実感があったからだろう。

日本大学水泳部には、故 古橋廣之進日本大学名誉教授の遺した部訓がある。
それが『泳心一路』である。

”戦争が終わって再び水泳ができるようになった時
魚になるまで泳ごうと思った
私の目標は世界一になることだった
だから人の何倍もの練習を苦しいと思わなかった
人間というものは大きな目標を持って
一筋に努力し工夫し
苦しみにも耐えてこそ
大きく成長していけるものだと思う”

確かに、天皇杯は獲得できなかった。女子も連続シード権獲得はできなかった。だが、多くの選手が自己ベストを叩き出し、チームを鼓舞する泳ぎを見せてくれた。皆で目標を共有し、最後まで戦い抜く。そのために努力を積み重ね、そして戦い抜いた。
泳心一路の精神を体現した選手たちが、そこにいた。

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