18年ぶりに関東大学サッカーリーグ1部に挑んだ日本大学サッカー部は順調に勝ち点を伸展。4位で終えて全日本大学サッカー選手権の出場権を20年ぶりに手にした。同大会でも勢いに乗った姿を期待されたが、2回戦敗退。
 新たな挑戦を続けた2023シーズンを振り返る。

18年ぶりの1部リーグで躍進を果たす

 赤いユニホームを着た選手の間をすり抜け、前線の白いユニホームの選手へボールが渡る。
 緊迫と緊迫の間のエアポケット――。
 次の瞬間、ゴールネットは揺れていた。

 今章の始まりは昨年の2022年11月12日だった。関東大学サッカーリーグ戦2部の最終戦で明治学院大学を下した日本大学サッカー部は1部昇格を決定。18年ぶりのトップリーグ復帰だった。

「いい環境でサッカーをしてほしいですし、(日本大学サッカー部の)立ち位置を変え、価値を上げていきたい」
 昇格に導いた川津博一監督は抱負を述べると同時に、1部の厳しさに目を向けていた。指揮官と選手は現実的な目標、「1部残留」を共有して新シーズンを迎えた。

 4月2日の開幕戦こそ落としたが、続く筑波大学戦はドロー。その後は5試合負けなし(3勝2分け)と波に乗り、前半戦の11試合は4勝5分け2敗。大方の予想を覆して全日本大学サッカー選手権大会(以下、インカレ)出場圏内となる4位につけた。

「うまく勝ち点を積み上げられ、『上位に食い込もう』、『インカレを目指そう』という思いを選手たちは強く抱くようになっていました」
 青木駿人(法学部・4年)は当時を振り返る。

 シーズンの目標を6位以内の「インカレ出場」へと上方修正して臨んだ後半戦、6勝2分け3敗という前半を上回る成績をマーク。21節は、4位の流通経済大学に5位の日大が挑む構図となったが、白星を得てインカレ出場権を獲得。最終戦でも危なげなく勝利して4位でリーグ戦を終えた。

 12月6日、日本大学サッカー部(公式)noteに青木はこう書いている。
「インカレ出場を決めたvs流経大戦。
試合終了のホイッスルが鳴ったとき、勝った興奮や嬉しさやよりも安堵感が大きかった。
まだこのチームで、この同期達とサッカーが出来る。」

4年の同期と一緒に戦えた2試合の「宝物」

 12月7日、日大は20年ぶりにインカレ(対高松大学)に出場。スコアだけ見れば4-0の圧勝だった。しかし、押し込みながらもなかなか得点を奪えず、前半のアディショナルタイムに先制できなければ、いかなる展開になったか分からなかった。
 GKとして日本代表でも活躍した小島伸幸コーチは言う。
「20年ぶりに出場した我々から見れば、すべての出場校が格上です」

 10日の中京大学戦、日大の立ち上がりは良かった。4分には右CKから熊倉弘達(法学部・3年)がシュート。デザインプレーをきっちり実行できたあたりに落ち着きが感じられた。だが、15分あたりからリズムを手放し始める。日大の時間帯もあったが、想定外だった相手の速攻重視に手を焼いた。緊張が張り詰める中、見る者の多くが「延長戦か」と思った「90+3分」、冒頭の決勝ゴールが生まれた。
DFとして間近で失点シーンを見ていた青木は「一瞬のスキでサッカーは終わっちゃうんだなっていう感じです。もっと上までいけるチームだったのに……」と語り、泣き腫らした目に悔しさを浮かべた。

 最終節で昇格を手にした昨シーズンがハッピーエンドならば、今シーズンはどうだったのだろうか?
 川津監督は少し沈黙してから口を開いた。
「2回戦で負けたのですから結果はバッドでしょう。でも、チーム作りに関してはトップがインカレに出場し、社会人チーム(3・4年生)は関東社会人リーグ2部に昇格、さらにⅠリーグチーム(1・2年生)も初めて全国大会に出場して功績を残せました。4年生には感謝したい」

 社会人チームをまとめた千葉武(スポーツ科学部・4年)はnoteにこんなことを書いている。
「『今年のチームの目標は何にしようか。』
 4年生の幹部のミーティングでこんなことを話した。
 ある選手が
『どのカテゴリーの勝利もみんなが喜べるチームって良いかもね。』
 そんな事言った。
 この言葉から各チームの勝利を同じ熱量で喜べるチームを作っていこうと目標を立てた。」

 実り多き、ハッピーなシーズンだったに違いない。

全日本大学サッカー選手権大会、2回戦の写真集

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