自然地理学とドローン技術がもたらす新たな発見と地域社会への貢献

自然環境を科学で紐解く

「地理」と聞くと、暗記科目というイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、本来の地理学は、さまざまな現象を空間的な視点から科学的に捉える学問であり、私たちの生活に深く関わっています。例えば、大地震が発生した時、同じ地域内でも被害の大小に大きく差が出る場合があります。その要因の一つに、地盤の違いがあります。私の専門である自然地理学は、自然環境を多角的に捉え、表面的な現象だけでなく、その背後にある要因を明らかにすることで、地域の課題解決に貢献する分野です。近年特に注目されているのが、遠く離れた場所から対象物を観測するリモートセンシング技術です。この技術では、人工衛星や上空を飛行するドローンなどを用いて観測を行います。

ドローンによる浸水マップとシミュレーションが実現する、科学的防災と住民一人ひとりの防災力強化

ドローンが描き出す災害の記憶:未来への教訓を可視化する

令和元年東日本台風による記録的な豪雨は、私の住む地域一帯にも未曽有の被害をもたらしました。その時、「この災害の記憶を未来への教訓としなければ」と強く感じ、ドローンによる空撮画像を用いた被害状況のアーカイブ化を試みました。具体的には、漂流物の最高到達地点をドローンで捉え、その標高から最大浸水深を特定する作業を広範囲に実施。求めた計測データを統合し、地域の浸水状況を一目で視覚的に把握できる浸水マップを構築しました。ドローンを用いることで、災害直後で人が立ち入ることが難しい地域のデータもすぐに収集でき、より効率的にアーカイブ化することが可能になります。このようなデータは、行政機関による迅速かつ的確な被害認定を支援する可能性を秘めています。さらに、このマップが地域住民一人ひとりの防災意識を高め、的確な避難行動を促すことにもつながると考えています。地球温暖化や都市開発が進行する現代において、今後、同様の災害が激甚化することは避けられないでしょう。だからこそ、過去の経験から学び、私たちが暮らす地域固有のリスクを深く理解しておくことが不可欠です。ドローンを活用した災害記録は、そのための有効な手段の一つとして、今後さらにその重要性を増すと考えられます。

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危険を可視化し、防災をより身近に

浸水状況を可視化することで、危険度の高い地域を特定し、科学的根拠に基づいた対策を講じることが可能になるでしょう。例えば、浸水シミュレーションの結果をマップ上に表示すれば、地域の浸水深や浸水範囲を一目で把握できます。この情報は、限られた数の排水ポンプ車を効率的に配置するための判断材料となるほか、居住地域ごとの避難タイミングの目安としても活用できるでしょう。また、3次元モデルを作成すれば、VR(仮想現実)環境で浸水状況を体験的に理解する仕組みを構築できるかもしれません。このような技術を用いることで、高齢者や避難行動要支援者の方々も、浸水リスクをより身近に感じ、具体的な避難計画を立てやすくなります。これらの技術は比較的導入が容易なため、自治体職員や地域住民が主体的に活用することで、地域防災力の向上に大きく貢献できると考えています。

データが変える農業:ドローンが導く、持続可能な食料生産

スマート農業で米の収量を大幅アップ

リモートセンシング技術の応用は、農業分野でも急速に進んでいます。私のゼミでは、ドローンを用いた水稲モニタリングを行い、データに基づいた栽培管理によるスマート農業の実現に向けたテーマにも取り組んでいます。私自身も教壇に立ちながら家族で米作りを営んでおり、2014年からドローンを活用したスマート農業を実践しています。

例えば、ドローンを用いて地面の凹凸を解析し、その結果から土を移動させ水田の均平性を高めることで、安定した水稲の生育を実現しています。以前は、経験や勘を頼りに肥料を散布していたため、必要ない箇所にまで過剰に与えてしまい、米の食味低下や環境負荷の観点から課題がありました。しかし、ドローンで撮影した画像を解析することで、圃場内の生育状況を詳細に把握できるようになり、生育の遅い箇所にのみ追肥を行うことができます。これにより、米の品質を保ちながら環境負荷の低減にも貢献することができています。さらに、イネのサンプルから得られた収量データと生育状況の画像を組み合わせることで、高精度の収量予測が可能になりました。その他にも、施肥の最適時期の算出、倒伏リスクの診断、食味に関わるタンパク質含有量の推定にもドローンを活用しています。毎年の測定結果と作業記録に基づき課題を抽出し、翌年の改善策に繋げるPDCAサイクルを確立してきたことで、初年度と比較して収量を50%増加させることができ、マート農業の具体的な効果を実感しています。

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防災から持続可能な食料生産まで。ドローン技術の活用が豊かな未来をつくる

“空からの視点”で地域課題の解決を加速

ドローン技術は、現代社会が直面するさまざまな課題に対し、これまでにない革新的な解決策をもたらす可能性を秘めています。その“空からの視点”は、私たちの暮らしをより豊かで安全なものへと導く鍵となるでしょう。

自然地理学では、これまで広範囲かつ詳細な観測が困難であった自然環境のデータを、ドローンが効率的に収集することを可能にします。これにより、より科学的なアプローチが実現し、地域の理解を深める新たな知見をもたらされます。防災分野では、過去の災害の教訓を未来に活かすために、ドローンによる詳細な被災状況の記録はもとより、それを基にした浸水マップやシミュレーションといった可視化技術は、災害対応に不可欠です。これらの技術は、行政機関の迅速な対応を支援するだけでなく、地域住民一人ひとりが災害リスクを具体的に理解し、適切な避難行動に繋げるための重要なツールとなります。農業分野では、ドローンによるリモートセンシングとデータ解析が、経験や勘に頼らない精密な栽培管理、すなわちスマート農業を推進します。圃場の均平化、適量の施肥、病害虫の早期発見、そして高精度な収量予測など、その活用範囲は多岐にわたります。これにより、収量増加、品質向上、そして環境負荷低減を同時に実現します。

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このように、ドローン技術は、自然科学における新たな知見の獲得、災害に強い安全な地域社会の構築、そして持続可能な食料生産システムの確立に大きく貢献します。“空からの視点”がもたらすデータと可視化の力は、地域社会の課題解決を加速し、より豊かな未来の実現を力強く後押しするでしょう。