日本の農業の衰退に歯止めを。スマート農業技術で生産者を支援する
未来の農業を支えるために、今できること
近年の日本では、高齢化に伴い農業人口・農地面積の減少が深刻な問題となっています。この状況が続けば、食料の安定生産や安定供給が困難になる時代が訪れるかもしれません。それらを乗り越えるためには、IoTやAI、ロボットなどの先端技術をうまく活用していくスマート農業のアプローチが重要です。生産力の向上や省力化のための仕組みができれば、生産者が農業を続けやすい環境をつくることができます。
また、これまで日本の農業を支えてきたノウハウが失われないよう、後世に残していくことも研究の重要な目的の1つです。データとして植物の状態を記録し、蓄積していくことで、独自の栽培管理技術が失われずに済むのです。
作物の状態を“見える化”し、無駄のない生育環境をつくる
現場に役立てるための技術開発
私が特に力を注いでいるのは、生産者が長年の経験に基づいて栽培してきた作物の綿密なデータを蓄積し、“見える化”することです。このテーマに取り組むきっかけとなったのは、大学院博士課程でセンシングシステムの開発に関わったことでした。センシングシステムを利用すれば、土壌に含まれる肥料成分のばらつきを目に見える形にデータ化することができます。これをもとに肥料の量などを調整して生育状況を均一化し、無駄をなくすことで、環境負荷の低減やコスト削減を目指せることに気づきました。この経験から、いかに精密に状態を把握するかが生産性を左右すると実感したのです。
当時の指導教員からの「農学の研究テーマは農家のニーズに基づいて設定すべき」という教えや、生産者から「自分たちが頭で描いた通りに作物が育っているかが分かるような技術はないか」と言われたことで、生産現場で役立つ技術を開発したいと思うようになりました。

ニーズに応える技術開発のために。現場の視点を持つということ
スマート農業技術でより良い環境づくり
農業の効率化に欠かせないのが、センシング技術を活用してほ場や作物の状態を把握することです。例えば、これまで果樹の栽培では樹木の状態把握に大変な労力がかかることが課題でしたが、昨今ではドローンを活用することで省力的に行うことが可能です。2024年4月には生物資源科学部のキャンパス内にスマートアグリ温室ができました。ここでは、イチゴ栽培においてAIを用いて花や果実の数をカウントする装置の実証実験を行っています。栽培ベンチに沿って上部にレールを設置し、装置をスライド移動させることで、風の影響を受けずに花の数を正確にカウントすることができます。こうして収集したデータを解析すると、時期ごとの収穫量予測だけでなく、予測より収穫が少なかった場合に原因を探るきっかけになるため、栽培環境の改善がしやすくなります。ほかにも、リアルタイムに植物生育のばらつきを把握し品質の均一化を目指す取り組みなどもあります。
将来的には、生育状況の確認をリモートでも可能にする作物生育診断技術の開発を目標にしています。このような技術を活用して日々のデータを蓄積し、より良い生育環境をつくるためのアクションを判断するサポートをしていきたいと考えています。

生産者の声を聞いて、見えてくるもの
私たちは生産現場で役立つ技術を開発するため、農家の方に研究をスタートさせる段階から意見やアドバイスをいただいています。農学分野においては、生産者は研究者にとってよき先生でもあります。厳しい声も研究に生かし、作物の栽培や農業経営に有用な成果を見出すことに大きなやりがいを感じています。
研究室の学生も研究に深く関わっており、数人のグループで作物の栽培を担当してもらっています。学生には、技術開発だけでなく、実際に作物を栽培することで「農業の現場で何が求められているのか」という視点を持ってほしいと思っています。学生たちが生産者とコミュニケーションを深め、農業に関わる研究が楽しいと言ってくれると私もうれしくなります。柔軟な発想でこれからの農業を考えてもらうことが私の願いです。

農業を持続可能な産業にするために。仮想空間を活用し、支えあうコミュニティづくり
距離をこえた連携が、未来につながる一歩になる
基幹的農業従事者(農業を主な生業としている人)の数は2005年以降減傾向にあり(※1)、平均年齢は70歳に迫っています(※2)。国内の食糧生産維持のためには、ますますスマート農業技術の需要が高まるでしょう。しかし同時に、技術だけで生産を上向きにするのは難しいというのも現実です。
今後目指すべき超スマート社会(※3)においては、仮想空間を活用して生産者から消費者までが緊密に連携し、作物栽培から消費までのさまざまなデータや情報を共有し、集積する仕組みづくりが求
められているように思います。そのためには、生産から流通、消費の全ての段階で人々が連携し、互いの意識や思いを共有できるコミュニティの形成が重視されるようになるでしょう。例えば、北海道の生産者が首都圏で暮らす人にとって身近に感じられるようなコミュニティがあれば、日本の食料生産は新たな一歩を踏み出し、農業は持続可能な産業になれると考えています。技術の進歩によってそのようなコミュニティづくりを実現できる環境が整ってきていますので、農学を学ぶ学生たちにもその一員として農業の未来に貢献してくれればと期待しています。
※1(参照)“基幹的農業従事者”、 令和3年度 食料・農業・農村の動向|農林水産省(2025-3)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/r3_h/trend/part1/chap1/c1_1_01.html
※2(参照)“農業労働力に関する統計”、 農林水産基本データ集|農林水産省(2025-3)
https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html
※3(参照)“Society 5.0”、 科学技術政策|内閣府(2025-3)
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

