ナノスケールで分子同士の組み合わせや構造を設計

時代とともに進化を遂げる最先端科学

ノーベル化学賞を受賞した北川進特別教授は、金属イオンと有機分子が規則的に組み合わさることで形成される多孔性材料を開発しました。孔の大きさや形、化学的な性質を自由に設計することができ、材料科学の認識を大きく変えたことに意義があります。この多孔性材料を活用すれば、材料中の無数にある空間に特定の気体を貯蔵したり、触媒やイオン電導などの機能を発現したりでき、環境やエネルギー、食品など様々な分野での応用が期待されています。
このように、分子同士を組み合わせることで、物質を一つひとつ合成するだけでなく、分子がどのようにつながり、どんな構造をとるのかに注目する考え方は、現在の化学研究の大きな潮流の一つとなっています。分子の配置や組み合わせを工夫することで、これまでにない構造や性質を引き出そうとする研究が、世界中で進められています。

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分子同士が自然と構造を組む「超分子」の世界

発現する機能は金属イオンと有機分子の組み合わせ次第

私の専門は「超分子」と呼ばれる研究分野です。超分子とは、水素結合や疎水性相互作用など、共有結合ではない比較的弱い力(分子間力)によって、複数の分子が秩序立って集合した構造を指します。個々の分子だけでは見られない、新しい性質や機能が現れることが特徴です。条件を整えると、分子を混ぜるだけで自発的に安定した構造が形成される場合があります。この「分子が自ら組み上がる仕組み」を理解し、制御することが、超分子研究の中心的なテーマです。
分子が集まって構造をつくるという点では、私の研究も、ノーベル賞で注目された金属有機構造体の研究と共通する考え方を持っています。ただし、私が注目しているのは、無限に広がる多孔性の構造ではありません。例えば、金属イオンと有機分子が向かい合い、限られた数の分子によって形づくられる「一つひとつの小さな空間」を、いかに精密につくるかという点に関心を持っています。金属イオンは、複数の分子をつなぐ“接点”のような役割を果たします。その性質を利用することで、分子がどの位置で結びつき、どの向きで配置されるかを制御することが可能になります。分子の長さや形をわずかに変えるだけで、できあがる構造やその性質は大きく変わります。分子レベルで設計された空間が、特定の分子だけを選んで取り込む――そうした現象を明らかにすることも、私の研究の重要なテーマです。

光合成に学ぶ、分子が協働する仕組み

自然界の分子配置を手本にした超分子研究

研究の柱の一つに、人工的な光合成の実現があります。本来、植物の光合成は、葉の葉緑体に含まれるタンパク質や葉緑素が相互に作用しながら進む、極めて精密な分子の協働作業です。光合成では、分子が規則正しく配置されることで、葉緑素が受け取った光エネルギーが次々と受け渡され、電子が動き出します。
中学生の頃に読んだ本をきっかけに、自然界では分子が驚くほど精密に並び、光のエネルギーを効率よく伝えていることを知りました。この仕組みを人工的に再現できないか――そう考えたことが、現在の研究につながっています。私は、分子を意図した配置で並べ、光が当たったときにエネルギーが伝わる超分子集合体をつくる研究に取り組んできました。2種類の分子を合成し、合成した分子が集まって形成する超分子に光を照射すると電子が動くという、光合成の初期段階を人工的に再現することにも成功しています。
重要なのは、特定の装置や材料を作ることそのものではなく、分子がどのように並び、どの順序でエネルギーが移動するのかという原理を理解することです。自然界では当たり前のように起こっている現象も、人工的に再現しようとすると、多くの工夫と試行錯誤が必要になります。

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時間をかけて問いに向き合う基礎研究

大学で超分子研究を続ける理由と意義

超分子の研究は、すぐに社会に役立つ成果を狙う研究とは限りません。なぜ分子は集まるのか、どう設計すれば思い通りの構造ができるのかを一つずつ明らかにしていくことが、将来の可能性を広げると考えています。ノーベル賞に結びついた研究も、長い時間をかけた基礎研究の積み重ねによって生まれました。
学生とともに試行錯誤を重ねながら、分子の世界の奥行きを探り続けること。すぐに成果が見えなくても、問いを持ち続けること。その積み重ねこそが、新しい科学を生み出す力になると考えています。それが、大学という場で超分子研究に取り組む意義だと思っています。このような基礎科学の知の集積が、現在の技術の延長線上にはない全く新しい技術を生み出すことにもつながる源泉となるのです。

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