宇宙×芸術の魅力とは。美しさから見出す宇宙開発の新たな可能性

宇宙映画に抱いた感動を原点に

宇宙から撮られた、地球の写真。初めて目にしたとき、私はその美しさと雄大さに息をのみました。「“宇宙は遠い存在である”というイメージを払拭し、宇宙をもっと身近に感じてほしい」。私が感じたような感動をより多くの方に届けたいと考えたことが、芸術学部との共同プロジェクトをスタートしたきっかけです。

皆さんは、『ペイル・ブルー・ドット(the Pale Blue Dot)』と呼ばれる写真をご存じでしょうか。1990年、宇宙探査機ボイジャー1号が太陽-地球間の約40倍の距離から地球を撮影した写真です。広い宇宙のなかで、地球は淡い青色の小さな点でしかありません。この写真を見ると、誰もが宇宙における地球の小ささと愛おしさを感じると同時に、「争っている場合ではない。一致団結して地球上のさまざまな課題を解決していかなければ」と考えるのではないでしょうか。『コンタクト』という1997年のアメリカ映画の主人公は、SETI(地球外知的生命体探査)に携わる研究者です。偶然こと座のα星ベガから届く信号を受信して、その信号の中にあった設計図からつくられたポッド(時空を自由に移動できる装置)で宇宙へと旅立ちます。そこで主人公は、「ここには宇宙飛行士や科学者ではなく、詩人がくるべきだった」とつぶやくのです。私はこの映画が好きで何度も見ているのですが、主人公のこのセリフに深く共感し、芸術家や写真家、詩人こそ宇宙に行くべきだと考えてきました。

宇宙の美しさは、芸術と深く共鳴しています。だからこそ私は、芸術学部との連携を思い立ったのかもしれません。こうして理工学部と芸術学部の融合プロジェクト、『N.U Cosmic Campus』は始まりました。

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学生と開発した超小型衛星に、バーチャル宇宙飛行士が搭乗。『N.U Cosmic Campus』始動

エンタメの力で宇宙の魅力を分かりやすく発信

『N.U Cosmic Campus』は、新型基幹ロケットH3で打ち上げ予定のHTV-X(新型国際宇宙ステーション補給機)1号機に搭載する、『てんこう2』を用いたミッションの1つです。『てんこう2』は37cm×23cm×10cmの超小型衛星で、現在学生と共に開発に取り組んでいます。この打ち上げに先立って、理工学部が持つ宇宙工学の専門知識と、芸術学部の創造力を掛け合わせた、『宇宙工学×エンタメ』のさまざまな企画を展開中です。

バーチャル宇宙飛行士『キャプテンヒカル』は、『てんこう2』のミッション遂行のため、芸術学部によって生み出されたキャラクターです。実際の宇宙飛行士さながら『てんこう2』に乗り込み、機体を1人でオペレートし、日々ミッションの進捗を地球にいる私たちに伝えてくれます。芸術学部では声を担当する声優のオーディションも行われ、私たちの頭の中では『キャプテンヒカル』が『てんこう2』で活動する姿がすでにイメージできています。

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宇宙開発には、アクシデントがつきものです。ロケット打ち上げの際の振動や太陽フレア、スペースデブリによる衛星の破損、充電不足など、さまざまな危険をはらんでいます。そうした不測の事態を乗り越え、『てんこう2』がミッションをクリアしていく過程を体験できるのが、ボードゲーム『てんこう2フライトミッションシミュレーター』です。 JAXA宇宙科学研究所の特別公開に出展した際に人気を集め、所長特別賞を受賞しました。

このほか付属高校が参加する企画では、吹奏楽部による『We Are The World』の演奏の録音データにデジタル処理を加え、『てんこう2』にのせて宇宙へ送り出しました。データを特別な方法で変換することで、世界中の人たちがその演奏を聞くことができます。『てんこう2』の位置やデータの変換方法はホームページ上で公開しますので、楽しみにしていてください。

「芸術」との出会いを経て、新たな視点で宇宙開発の未来を切り開く

未知の世界への好奇心が研究の原動力に

宇宙開発に「芸術」という新たな視点を取り入れた『N.U Cosmic Campus』。学生たちには、このプロジェクトを通じて“宇宙は自由で可能性に満ちた空間なのだ”と実感してほしいです。柔軟な発想で研究に取り組んできた彼らこそが、これからの宇宙開発をより豊かなものに導いてくれるでしょう。

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宇宙開発はみんなで協力してつくり上げるもの。関わってきた誰もが主役です。『てんこう2』が種子島宇宙センターから無事にH3ロケットで打ち上げられ、『N.U Cosmic Campus』で協力してくれた芸術学部の学生をはじめ、このプロジェクトに携わった全ての人たちと喜びを分かち合える日が待ち遠しくて仕方ありません。私たちの世代が力を注いできた研究を若手研究者に引き継ぎ、彼らがそれを発展させて次の世代に引き継ぐといった形で未来に継承していけば、宇宙開発に大きく貢献できるはずです。いつの時代も、技術発展の原動力は知らないことを知りたい、できなかったことをできるようにしたい、行けなかったところに行きたいといった未知の世界への強い思いではないでしょうか。研究には失敗がつきものですが、そこから学ぶことで、さらなる高みへたどり着けると信じています。

(本記事に掲載されているのは、2023年3月時点の情報です)