新型コロナワクチンの早期実用化の鍵は、mRNAワクチンという「プラットフォーム」が握っていた
人類を脅かす感染症とワクチン開発の関係
新型コロナウイルス感染症をはじめ感染症は、健康面はもちろん、社会的・経済的にも私たちの生活に大きな影響をもたらします。感染症に対応していくための対策の一つとして、大きな役割を果たしているのがワクチン開発です。通常、ワクチン開発には長い年月がかかります。しかし、コロナ禍ではCOVID-19ワクチンが早い時期に実用化されました。これは、COVID-19が流行する以前からmRNAワクチンの研究が進められ、活用できる開発のプラットフォームができていたからなのです。こういった研究は、感染症から国、あるいは人類を守る上で非常に重要なプロジェクトの一つだと捉えています。将来の新たな感染症流行に備えて、迅速にワクチン開発ができるように、私たち研究者は日々ワクチンの開発研究を続けているのです。
従来のBCGの「約9倍」の抗原を発現。より効果的に結核菌を抑えるワクチンを開発する
組み換えBCGで高い免疫効果を
世界3大感染症といわれるのが、HIV/エイズ、結核、マラリアで、地球規模の課題として位置づけられています。その中でも私は結核に注目し研究を進めてきました。結核は地球上でも感染者が非常に多い病原体と言われており、日本もかつてはまん延国でした。ここ数年で日本国内の罹患率は減少しており、先進国の中では唯一の低まん延国になりましたが、世界的には依然として微増傾向にあります。結核に対しては、古くからBCGというワクチンが使用されてきましたが、BCGは乳幼児の結核重症化の予防には効果的な一方、成人の結核予防効果は限定的です。また、結核よりも薬が効き難く治療が難しいとされる非結核性抗酸菌(NTM)の感染者数が、日本でも世界でも増加傾向にあることが課題となっています。
そこで、私が挑戦しているのが新しい結核・NTMワクチン開発です。BCGは、適切なプラスミド(染色体とは別に存在し、独立して複製可能な細胞内の小さな環状DNA)を用いるとBCGに新たな抗原を発現させることができます。私は、BCGにNTM由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを組み込んで、新しい組換えBCG(rBCG-Mkan85B)を作製しました。従来のBCGワクチンの多くは、結核由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを用いていましたが、今回NTM由来のAg85B抗原を発現するプラスミドを組み込んだことで、オリジナルのBCGに比べて約9倍ものAg85B抗原を発現させることができました。実際にこのワクチンを接種したマウスでは、従来のBCGよりも高い効果を確認できています。特許を取得したこの技術を応用し、COVID-19を含めた結核やNTM以外の新興・再興感染症、難治性感染症に対するワクチンの開発を試みています。

新たな感染症対策の糸口に。母親から子どもへの感染を防ぐ胎盤のバリア機能を解明する
母子感染や感染症対策の一助となる「分かりやすい情報発信」
母親が感染症にかかっても、必ずしも胎児には感染しません。そのため、胎盤に何らかのバリア機能があると考え、感染症が妊婦に及ぼす影響や胎児・胎盤への影響を解析してきました。コロナ禍では、102例の症例を収集し解析を行いましたが、分娩時に母体がCOVID-19に感染していた場合、胎盤でウイルスが検出されても胎児・新生児への感染は見られませんでした。インフルエンザウイルスにおいても同様の結果が見られ、胎盤は母体から胎児に病原体が移動するのをブロックしていると考えられています。一方で、風疹やサイトメガロウイルス感染症など、母体から胎児に感染する感染症もありますが、どのように母体から胎盤を経由して胎児に病原体が移るのかよくわかっていません。この胎盤バリアのメカニズムを解き明かすことができれば、新たな治療法や予防法を見つけるヒントになると期待しています。
コロナ禍では、新しいワクチンを接種することに不安に感じた人も多かったと思います。そういった不安を少しでも解消するため、日本産科婦人科学会、日本産婦人科感染症学会の一員として、日々変わる状況に対し、最新かつ理解しやすい情報発信を行ってきました。正しい情報を迅速に届けることも、人々の健康を守る一助になると考えています。

ヒトだけでなく動物や環境をも考慮した“One Health”で、多岐にわたる分野の専門家が協同する
地球規模の課題に取り組む分野横断の考え方
感染症対策においては“One Health”の考え方のもと、多岐にわたる分野の専門家が協同することが重要です。“One Health”とは、ヒトと動物、それを取り巻く環境は相互に密接につながっていると捉え、これらの健全な状態を守るために分野横断的に解決に取り組もうとする考え方です。私たち人類は環境の中で生きているのですから、ヒトの健康だけを考えていては本当の健康にはたどり着けません。私の従事する微生物学だけではなく、医歯薬学、獣医学、法学、経済学、危機管理学、教育学、情報科学など、幅広い分野の専門家が結集し、分野を横断した協同体制をとることが求められています。例えば法学や経済学は、感染症が拡大した際の行動規制や出入国の法的な措置などで重要になります。コロナ禍で注目された建物の換気の仕組みなどは、建築学が生きるでしょう。このように、ありとあらゆる分野が関わって取り組む必要があるのです。各分野の専門家が揃う日本大学では、他学部と連携した広範な研究が可能になっています。今後も多分野と連携しながら、感染症に対応できる社会の実現を目指したいと思います。
