「リスクコミュニケーション」が、災害に強い社会の実現を近づける
地域と話し合い、把握する災害時のリスク
「リスクコミュニケーション」とは、自治体の住民や行政が災害時のリスクについて話し合うことを指します。例えば、避難所が設置される場所を周知し、避難所が機能しなかった場合の対応を検討しておけば、いざという時の安心材料になります。また、行政がどのように避難所を運営するのか、住民の代表者と話し合っておくことで、避難生活がスムーズに運ぶでしょう。住民と行政、両者が互いを理解して歩み寄り、起こりうる事態に対応することが重要です。災害発生前に検討を重ねるだけでなく、災害発生後も現状で何ができるかを話し合うことで二次被害を防げるという側面もあります。このようなコミュニケーションを活発に行うことで、災害に強い社会の実現を目指せると考えています。
日本の災害対策に必要なこと。避難所運営の課題を考える
民間企業と連携し、人員不足を解消
昨今、避難所運営の実態についてよく話題にあがります。避難所は災害時に不可欠な存在ですが、性別・年齢・価値観の異なる大勢の人々が共同生活を送るのは想像以上の困難を伴います。ストレスがたまり、普段なら許せることでもイライラしてトラブルに発展することも多く、衛生面や騒音、ジェンダーをはじめ、さまざまな課題が考えられます。避難所の環境に関しては、海外との比較がよく話題に上がります。例えば、欧米ではテントを張ることでプライバシーを確保する方策が取られており、日本は遅れているという主張が一部では見られます。しかし、日本は諸外国と比べて災害の多い国です。海外から学ぶことはもちろん大切ですが、前提となる社会環境や法律、制度などが大きく異なる海外と日本を比較し、日本の避難所が劣悪だと断定するのではなく、上記の条件を踏まえて考えてみる必要があります。

日本の課題の一つは、災害が多いにもかかわらず対応する人員が少ないこと。そこで私が研究しているのが、避難所運営などの業務を民間企業に委託することです。被災地における最大の課題は人員不足であると考えています。例えば、世田谷区の場合、人口約90万人に対して区の職員は5,000人ほど。一つの避難所に一人の防災の担当者が常駐するのは困難です。さらに、職員が遠方に住んでいたり、被災地で過疎化が進んでいたりすると、人手がより不足します。そんな時に頼れるのは、被災地域の近隣に位置する企業や被災しなかった地域の人々です。例えば、警備会社で日常業務として待機している人員を避難所運営の対応に回せるかもしれません。必要な人員が確保できれば、よりよい避難所環境を提供できるでしょう。もちろん、民間企業が業務委託をした際には責任や権限の所在を考える必要がありますが、既に一部自治体では、積極的に検討されています。そういった自治体や委託先企業へのヒアリング調査を実施し、課題やメリットを抽出・整理したうえで、理想的な官民連携の形を導き出し、自治体も民間企業もWin-Winになる環境を検討していきたいと思っています。
災害時に最適な避難を促す「避難情報アプリ」の実現を目指して
文理融合の共同研究で挑むアプリ開発
災害時に避難がうまく進まないことも大きな課題だと捉えています。災害時の情報発信については、政府をはじめさまざまな機関がいかにスムーズに避難を促せるか、試行錯誤を重ねていますが、それらを住民にうまく発信できていないことが、避難が遅れる原因ではないかと考えています。そこで、より個々に情報を届けられるようなシステムを作りたいと考え、災害時避難行動支援システム「災害用パーソナル・アラート」の研究開発に取り組んでいます。アプリや機器の開発に詳しい日本大学理工学部の山中新太郎教授らと連携した文理融合の共同研究で、実用化されれば、位置情報を活用して個人の状況にあった避難情報をスマートフォンなどに即時に届けられます。

災害を自分ごととして捉え、地域一丸となって対策を
専門分野を超えて広がる災害研究
災害時の課題を解決していくためには、あらゆる分野の専門知識が必要になってきます。例えば、避難所民営化を実装させるにあたっては、法的な知識が必要不可欠です。ゆくゆくは法学部の先生方と協力しながら、実現方法を考えていくことになるでしょう。避難所の環境などについては、芸術学部のデザインやアイデアが生かされます。他にも、情報システムや医学、心理学など、さまざまな知識を総動員して、災害に立ち向かわねばなりません。
日本大学では、多様な研究成果を融合させ、災害に強い社会づくりに取り組む「日本大学災害研究ソサイエティ(通称:NUDS)」があります。NUDSには文理の枠を超えた多くの学部が参加しており、多角的な知識をすぐに借りられる環境は、総合大学の日本大学ならでは。先述の研究以外にも、過去の豪雨被災地における避難行動の調査など、災害におけるさまざまなフェーズに対し研究を行っています。

私たち全員が、災害を自分ごととして捉え、自分も関係者であると認識できるようになればリスクコミュニケーションも前進するでしょう。危機管理学部では、学生が災害に関する課題を主体的に考えられるよう、先生方が授業をされています。学生たちが将来行政職員や民間企業に就職し、学んだ知識や意識を広く共有できれば、日本の状況はよい方向へ変わっていけるのではないでしょうか。学生と地域のつながりづくりにも力を入れており、防災教育や研究を通じて地域の人々と関わることで、コミュニケーションが活発になり、災害への対策が進展することを期待しています。