留学・国際交流
ウェスタンミシガン大学 村脇さちさん(法学部)
ウェスタンミシガン大学交換留学報告書
ウェスタンミシガン大学(WMU)に約8ヶ月留学をして多くの新しい経験があった。「狭い視野を広げる」という留学の目的を達成し、一生の思い出となる留学生活を送った。8ヶ月間の留学について、授業、授業外活動、寮生活、長期休み、日常生活の項目に分けて振り返る。
授業
授業は各学期12単位以上取らなくてはいけないというルールはあったが、交換留学生は、学部や専攻の学問領域を超えて授業を履修することができたため、様々な内容の授業を取った。特に春学期に履修した、Foundations of JournalismとSpirits, Monsters & Japanese Modは、非常にいい経験になった。Foundations of Journalismでは、実際にキャンパス内で学生へ取材し、アメリカの通信社が推奨する書き方でニュース記事を書くという課題を行った。Spirits, Monsters & Japanese Modでは、幅広い日本文学や邦画を用いて、日本の作品が背景とする文化や実際に発生した災害について学び、先生やクラスメイトと討論した。日本大学の新聞学科では倫理的・歴史的側面を中心に学んでいたジャーナリズムを、取材と執筆という実践的な課題を通して学び、また、日本をバックグラウンドとする学生として、日本の文化や災害についてアメリカの大学の学生と考えることは、アメリカに留学したからこその経験になった。
授業外活動
学生新聞記者クラブ、ジャパンクラブ、バドミントンクラブに参加した。特に学生記者活動では、英語で記事を書くことは難しかったため、動画制作と編集の技術を現地の学生に1から教えてもらい、記者の1人としてYouTube制作の音響を担当した。学生が、主体的に大学で起こっていることを報じたり、学生の意見を代弁したりすることは、自由でやりがいを感じた。
また、WMUには日本語学部があるため、日本語を生かした活動をした。1つ目は、teaching assistantだ。通年teaching assistantとして大学の日本語の言語クラスに週2回ほど参加し、日本語を学ぶ学生と交流を深めた。学生の宿題確認や課題に関する質問に答えるなどを行い、授業に参加した。2つ目は、Language Exchange Partnerだ。Language Exchange Partnerは、日本への留学が決まっていた学生とのlanguage sessionで、週1回行った。このsessionは、日本語と英語を教え合うことを目的としているもので、留学前に経験していた日本大学の日本語講座ボランティアの経験が役立った。
授業の合間や放課後は、毎日キャンパス内のstudent centerの中にあるスペースや住んでいた大学内の寮に集まり、専攻が異なる友人や寮に住んでいない友人とも交流した。これら授業外の時間は、WMUの中でのコミュニティを広げる上で、重要な時間になった。
寮生活
留学生活において最も自分にとって有益だったのは、寮生活だ。日本では実家から大学に通っていたため、交換留学が初めて親元を離れての生活だった。私が選択したキャンパス内にある寮Valley1のHadleyには、大きなキッチンがあった。meal planを使ったDining centerでの夕食後は、寮に帰り、毎日部屋に戻らずにそのキッチンへ行った。大きなテーブルで、友人と話をしながら宿題をしたり、映画を見たり、夜食を作って一緒に食べたりした。この多くの人が集まることができる場所がある寮に住んでいたからこそ、時間を気にせず深夜まで友人たちと楽しい時間を過ごせたと考える。
長期休み(冬休み)
秋学期と春学期の間に約1ヶ月間の大きなwinter breakがあり、この期間は寮から出なくてはいけなかった。現地の学生以外は、寮の代わりとなる場所を探さなくてはいけないため、通常internationalの学生はこの期間を使って旅行をする。そのため、私自身もアメリカ国内(カリフォルニア、ニューヨークなど)に行き、旅行を楽しんだ。旅行中、地域の言語や治安の違いなどを目の当たりにした。西部では、日中と夜の気温の落差が激しかったり、スペイン語のみを使う人が宿泊施設のオーナーをしていたりした。東部では、観光客が多い半面、常時地下鉄の駅に警察官が多数いて、時間帯によっては危険だと感じる雰囲気があった。旅行を楽しみながらも、行ったことで感じ取れるアメリカのリアルを知ることができた。
日常生活
アメリカで留学生活をして、自分自身の性格に大きな変化があったと考える。アメリカで出会った人々の自己主張の仕方が私の性格を変えた。留学当初の出来事で、WMUの中で自己紹介をする際、名前や学部などと合わせて、「他者に使ってほしい三人称(he, she, they)」を紹介することがあった。例えば、私の場合、性別は女であるため、My pronous are she her.という紹介をする。この文化があることを知らなかった私は、全員が自分の好むジェンダーを自ら公表することができる環境があることに、アメリカらしさを感じた。人によっては隠したい人もいるため、全員がオープンにしているわけではない。しかし個人的に、ジェンダーに対するオープンな環境は、多くのWMUの学生が、ありのままの自分をさらけ出すことができているように感じた。ダウンタウンの店前に、レインボーフラッグ(LGBTQ+の尊厳や社会運動を象徴する旗)が多く飾られ、LGBTQ+に肯定的だと認識できるカラマズーにあるWMUは、全ての人に対して過ごしやすい場所になるようにと設備にも工夫がなされていた。例えば、寮の一部にスペクトラムハウス(LGBTQ+の人々が男女の性別以外のジェンダーで寮を選ぶことができる場所)があったり、トイレが男女の他にUNISEXのも設備されていたりした。このような工夫がされている環境で私自身も生活することで、WMUは自分の個性を思いのまま発揮することができる場所になっていると感じた。留学先の日本とは異なる環境で、新たな価値観を手に入れられた。
WMUの交換留学生として2学期間アメリカのカラマズーで生活をして、WMUで出会った周囲の友人たちに助けられたことが多かった。留学前は大変なこともあるだろうと苦労を覚悟していたが、WMUの友人たちのおかげで、思いのほかWMUの雰囲気が自分に合い、日本にいる時に比べて、生き生きと毎日を送ることができた。序盤、言語やバックグラウンドに関する壁はもちろんあったが、WMUで出会った学生や先生、スタッフと出会って、何も隠さず自分のありのままを出して交流することの大切さを知ってからは、その場所で自分を発揮することができた。躊躇したり、遠慮したりするのではなく、時にはわがままくらいの方が大事であることにも気づけた。また、周りの状況も汲み取りつつも、自分が求めていること、自分がその場にいることをアピールしたいと思えた。
今後も留学を経た新たな自分で、さらに自分にしかできない経験をしていく。大学卒業後は、自分がなりたいとしていた記者になり、国内外場所を限定せず、自分の言葉や切り取った映像を使って、他者に情報を伝えたい。そして何よりも、留学での出会った友人たちと、場所が離れて会えない日が続いても、一生の友人たちとして交流し続けたいと思う。
冬休み中に訪れた、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジの前で写真を撮りました。