我、プロとして

Vol.7 齋藤宏之 氏【後編】
五十崎社中 代表取締役(1995年理工学部物理学科卒)

卒業生
2021年01月29日

和紙の新たな可能性を国内外に発信することができた。

内子町の手漉き和紙の救世主となった齋藤宏之。彼が世に送り出した「ギルディング和紙」と「こより和紙」は人々を魅了し、和紙に新たな価値と可能性を見出すことに成功した。後編では五十崎社中の和紙の魅力、今後の展望などについて話を聞いた。

『ギルディング和紙』と『こより和紙』

ガボー・ウルヴィツキの教えを受けた齋藤は手漉き和紙とギルディングを融合させた『ギルディング和紙』を生み出した。これは業界に革命を起こしたと言っても過言ではないだろう。

大洲和紙の主力商品は書道半紙や障子紙だった。一方ギルティング和紙は、表装、壁装飾、タペストリー・額装・卓上ディスプレー用の室内装飾材、襖・扉の建具など、さまざまな分野で活用する可能性を秘めた素材に進化したのだ。

「日本人の生活様式が変わった今、和紙に何かしらの付加価値を持たせる、または全く違う商品を作らなければ先はないと創業当初から感じていました。ギルディング和紙は世界で五十崎社中しか作っていません。そういう意味では和紙の新たな可能性を国内外に発信することができたと思っています」

齋藤が世に発信した独自の和紙はもう一つある。それは『こより和紙』だ。

糸状に縒った和紙を木枠に編み込んでから漉くという手法で作られ、できあがりには濃淡が生まれ、網目状の和紙となるのだ。

「こより和紙は僕がこちらに来る少し前から内子町のメンバーが考え、開発した和紙です。ギルディング和紙と同様、建材として使っていただく機会が多いですね。具体的にはガラスに挟んで内壁にしたり、タペストリーとしてご利用いただくなど、インテリアとしても高い評価を受けています」

またさまざまな企業とのコラボレーションも忘れてはならない。

同じ愛媛県内の伝統産業である砥部焼、今治タオル、宇和島の真珠、内子の木工品のみならず、スヌーピー、ムーミン、ディズニーなど、世界的に有名なキャラクターで和紙のグッズを制作した。

「キャラクターとのコラボレーションは楽しいですし、若い職人の刺激にもなりました。これから先、日本の漫画とコラボができたらうれしいですね」

コロナ禍の今、実際に内子町へ行くことが難しいという人は多いだろう。
そんな方には是非 https://www.ikazaki.jp/ にアクセスしていただきたい。画面上からでも齋藤の起こした革命を目撃してみてはいかがだろうか。

和紙の進むべき道

内子町の手漉き和紙職人は五十崎社中の活躍によって増加した。それによって齋藤の役割も自然と変わってきたそうだ。

「今の僕は職人というより、職人を育てる方にシフトチェンジしていて、企画・営業というのが主な仕事です。また創業当初からお世話になっている、天神産紙の専務も今は兼任しています。小さな産地なので、みんなで頑張っていこうということですね」

天神産紙と共に歩みを始めたのは2020年の春で、コロナウイルスが世界に蔓延したときだった。コロナの影響で業績は落ち込み、今なお難しい時期を過ごしているが、齋藤はこの時間をただ苦しいだけで済ます男ではない。

「うちのギルディング和紙、こより和紙というのは変化球みたいなもので、それで今まで勝負していましたが、天神産紙さんと一緒にやっていくことで直球の和紙も作るようになりました。そういう意味ではコロナ禍をいい勉強の時間にあてることができました。職人も技を覚えてきたので、今は王道の和紙を今を生きる人にどのようにアピールしていくかを考えています」

韓国の韓紙は国からのバックアップを受けて、ヨーロッパへ進出している。日本の和紙産業も国際的な評価を上げるために、日本全国の和紙産地が協力し、知恵を出していかなければならないと齋藤は考える。

「福井県の越前和紙、岐阜県の美濃和紙など、日本は産地ごとに素晴らしい和紙を作る方がたくさんいます。ただ家族経営で後継者不足で廃業される方も少なくありません。急がなくては大変なことになってしまいます」

こう語る齋藤だが、昔ながらの伝統工芸品である和紙を頑なに守ることは自分の役割ではないと言い切る。王道の和紙を扱っても、状況に応じて柔軟に進化させることが必要だと考えるのは、実に齋藤らしい。

”世界の海援隊”を目指して

五十崎社中の今後について語る齋藤氏

五十崎社中の今後について語る齋藤氏

取材中に、齋藤の妻である晶子(しょうこ)さんに話を聞くことができた。晶子さんは大学時代のクラスメイトで、現在はラム酒の会社を経営している。

「夫は人との付き合い方、距離間を上手に取ることができます。私も含め、田舎の人間は近寄り過ぎる、または全く近寄らないという方が多いのですが、彼は都会で育っているからでしょうか、そこが抜群にうまい。これは経営者には必要な能力なのですが、私にはないものなので、彼がとても羨ましいです」

妻から経営の才を認められた齋藤が五十崎社中の今後の展開として目を付けている市場は台湾とニューヨークだ。

台湾は商習慣が日本と近く、親日家も多い。さらに文化レベルやデザインへの関心も高いため魅力的な市場になると睨んでいる。

一方ニューヨークは芸術という側面で魅力を感じている。一昨年に有名デザイナーのニューヨーク個展に作品制作で協力しアートとしての和紙にも充分可能性があると確信した。

「手漉き和紙というのはシーラカンスのような産業ですが、さまざまな分野で利用可能で、コラボレーションなども含めて大きな可能性を秘めています。これまでも思いもよらない企業とお仕事をさせていただきましたが、今後もいろいろな挑戦をしていきたいです。そして、いつか日大や日大出身者と共に仕事ができれば楽しいでしょうね」

型にはまらない考え方で内子町の誇る伝統工芸の救世主となった齋藤宏之。憧れの坂本龍馬と同じく”世界の海援隊”を目指す彼の次なる一手に注目していきたい。

<プロフィール>
齋藤宏之(さいとう・ひろゆき)

1972年7月22日生まれ。1995年理工学部物理学科卒。神奈川県出身。
大学卒業後、通信系IT企業で13年勤務。2008年に妻・晶子さんの地元の内子町に移住し、株式会社五十崎社中を設立。金属箔で装飾を施した「ギルディング和紙」や「こより和紙」などを開発し、国内外より注目を集める。
15年 ミラノ国際万国博覧会クールジャパンデザインギャラリー出展。17年 ヨウジヤマモト・パリ店 和紙インスタレーション。18年 三井ゴールデン匠賞受賞。